最終話


 四日後の朝。『戴冠祭』の当日。


 ハーネス王国は装いを変え、国中全てが赤を基調に飾り立てられていた。その中でも主役となるフニの屋敷は、数え切れぬほどの群衆で取り囲まれ、鳴り止まぬ歓声に包まれる。


 しかしその一方で、フニの屋敷の内側は物音一つなく静まり返る。ライトも消え、まるで廃屋敷のような雰囲気だった。


 そして、小一時間が経過して。

 どれだけ名を呼んでも一向に姿を見せないフニに、群衆が違和感を覚え始めた頃――


『お、おい!みんな空を見ろ!』


――大量の八咫鳩が、飛び上がった。


 それはフニ・サーチレイから全国民に届けられる、最初で最後の手紙である。



☆ ☆ ☆



「そろそろですかね。ジュラさんが八咫鳩を飛ばすのは」


「はい。丁度今頃……この場所からでも、十分に見えるかと思われます」


 フニとサーシャは後ろを振り向き、離れゆくハーネス王国の空を眺める。祭りの喧騒は、もう届かなくなっていた。

 旅装を身に纏う二人は、地竜に跨り、最低限の荷物を背負い、先へ先へと進み行く。


「ところでフニ様、手紙の中身はどのように書かれたのですか?」


「大した内容ではありませんよ。簡単な別れの挨拶と、祭りから逃げ出した件の謝罪と……あとは『第一位』の座は永久に預かったぜ、的な煽り文です」


「煽ったのですか。国ごと」


「煽っちゃいました。国ごと」


 僅かに引いた様子のサーシャに、フニはドヤ顔を向ける。


 ハーネス王国を狂わせたのは、『第一位』に与えられる無制限の権力である。それさえ国から消えれば、きっとハーネス王国は正常になるだろう、とフニは考えた。

 実際のところフニが姿を消したとて、国にどんな変化が訪れるかは誰にも分からないが、しかしそれでも変わるチャンスを用意したかった。


「それにリガミア様曰く、ボクの旅運は良いらしいんです。これはもう旅に出るしかないなって」


「……旅運ですか。やはりフニ様は占いに行き着くのですね。ここ数日のフニ様は、あまり水晶玉に触れていないように見えたので、これは喜ばしい変化だなと少し感激していたのですが」


「いやぁちょっとリガミア様と喧嘩?みたいになってただけです。土下座して謝ったら、寛大な御心で仲直りしてくれました」


 冷静になって思い返せば、リガミアは自分の為を思って生き残る手段を教えてくれていただけだ。状況が状況だったとはいえ、「黙れ」は言い過ぎだったなぁとフニは反省する。


「リガミア様の言葉は絶対ですからね。やはりボクに占いは欠かせません」


 ちなみに最初の開眼を除き、以降フニの『予知眼』で見える未来は10秒先までのみである。なので相変わらずリガミアの予言はフニにとって、価値あるものとなっていた。


「そういえばジュラさんも、ボクの依頼を終えたら旅に出ると言ってました。かなり前から考えてはいたそうですが」


「そうですか、彼も」


 それ故にジュラがフニから受け取った報酬は、一人分の旅の準備費用だけだった。フニは残った金を旅で持ち歩ける程度の宝石に変え、それでも余った分は雇っていたメイドらに渡すことにした。

 

「あ、折角ですし今日の運勢を占っても良いですか?出発のゴタゴタで忘れていました」


「何が折角なのかは分かりませんが、急ぎの旅ではないのでご自由にどうぞ。命に関わらない範囲であれば、お付き合い致します」


 サーシャの了承を得たフニは、地竜から降りて水晶玉を取り出す。そしてそれを組んだ足の上に乗せ、深く息を吐いた。


「さぁ行きますよサーシャ!準備は良いですか!?」


「いえ、準備も何も私は何もしませんので」


「……あ、はい」


 フニは少ししょんぼりするが、気を取り直して占い開始。


「ひにゃらまーはにゃらまー、リガミア様リガミア様!!今日の運勢をお教えください!!」


 フニは慣れた手つきで教えを乞う。慣れた言葉を繰り返す。


「……ふむふむ、開運方位は北北西!ボクらが出たのは北門なので、進行方向を少し変えるだけで問題ありませんね!」


「良かったですね」


「本日の天候は晴れ!まるでボクらの旅路を祝うかの如き快晴です!」


「良かったですね」


「そして男運はゼロ!今日もボクに出会いは無いようです!」


「良かったですね」


「いえ良くは無いです」


 サーシャの返事に一瞬真顔になるも、フニはそのまま占い続けた。


「そして今日のボクに特大の幸運を呼び込んでくれる、最高にラッキーな存在は――」


 そのときハーネス王国の空に、無数の八咫鳩が舞い上がる。青色の空を白が覆い、幻想的な光景がフニの視界に映った。


「――八咫鳩、だそうです」


 数え切れないラッキーアニマル。これで幸せな旅路にならないなんて嘘である。

 毅然としていたサーシャも驚きに目を開き、羽ばたく八咫鳩に意識を奪われた。


「……綺麗ですね。遠目に眺める八咫鳩の群れが、こんなにも可憐に映るとは」


「ボクもビックリしました。真下から見るのとは、随分と印象が変わります」


 王国の中心から羽が舞う。無数の八咫鳩が目的地へと羽ばたく様は、国を覆う大きさの満開のサクラが、空に咲き誇るかのようだった。


 フニは水晶玉を鞄に仕舞いながら、そそくさと立ち上がる。幸福が確定した今日一日を、一秒として無駄にしたくはない。


「さぁ行きましょうサーシャ!きっと最高の旅になりますよ!」


 巨大な純白のサクラを背に、二人は深緑の野原を進む。その行先に待つものは、今はまだリガミアにすら分からない。

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一に占い二に暴力! 孔明ノワナ @comay

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