第16話
フニはパチリと目を開く。起床。
窓の外を見ると、日は既に真上まで昇っていた。
「……。この光景、つい最近に見たばかりのような」
フニは真顔のままに、ため息を吐く。普段であればこんな時間になる前に、サーシャが起こしてくれるのだが――と、これまた同じような思考をしていると、ふとお腹の辺りに重さがあることに気づく。
「あ、サーシャ」
見ると椅子に腰を掛けたまま、頭だけをフニの腹部に預けるサーシャの姿があった。ずっと看病をしてくれていたのか、随分と疲れた様子である。
「……これでは動けませんね」
息を吸ったり吐いたりと、お腹を膨らませるだけでもサーシャを起こしてしまいそうで不安になる。
物理的に出来ることは何一つないと察したフニは、天井を眺めながら自分の身体の状態を探ることにした。
「まず左腕は、無い」
まぁこれは仕方ないですよねー、とフニ。
「うげ。なんですかこれ、髪が白い……?」
痛みに対するストレスか、もしくは魔眼を開いた弊害だろうか。フニは頬を引き攣らせて、ベッドに垂れる自分の髪の毛を眺めた。
「で、全身の傷は……と、あれ。全部治ってますね」
フニはギルヴァを倒した後、運ばれる最中に気を失い、そして今に至っている。果たしてどれだけ眠っていたのかは定かではないが、しかし完治しているのは想定外だった。
一体どうやって?とフニが首を傾げていると――
「あぁフニ様、お目覚めになられたのですね。良かった」
――ガチャリと扉が開かれ、一人の男が入ってきた。
フニは咄嗟に不法侵入を疑うが、しかし男があまりにも居慣れた雰囲気を醸していたため、捕縛をするのは一旦保留。まずはその正体を確認することにした。
まじまじと男の顔を見つめたフニは、その顔に見覚えがあることに気づく。
「貴方は確か、万事屋の。『七つ葉の黒クローバー』を譲ってくださった」
「はいそうです、その万事屋のジュラでございます。そしてクローバーの件については……本当に、本当に申し訳なく思っております」
「……?」
目を逸らされる理由が分からなかった。
「まぁ、それより。どうして貴方がボクの屋敷に?」
「あぁ先に説明をさせて頂くべきでしたね。実はサーシャさんに攫わ――連れてこられて、フニ様の治療のお手伝いを。私の魔法は『再生魔法』なのです」
「……どうりで傷の治りが早い。ありがとうございます、ジュラさん」
なるほど確かに『再生魔法』であれば、切り傷程度なら治せよう。傷跡が残らなかったのも、ジュラのお陰だろうとフニは理解した。
「ただ、その。……私の力では、左腕ばかりはどうにもならず。ギルヴァの魔法の特性か、切断面の肉が消滅していて繋がらなかったんです。私がしっかりと訓練を積んでいれば或いは、という状態で……誠に申し訳ありません」
「いいえ、十分すぎる治療です。ぶっちゃけ死ぬのも覚悟してましたし」
「……そう、ですか」
フニの言葉に偽りはないが、それでもジュラの表情はやや暗い。そんなジュラを眺めながら、この人は難儀な性格をしているなぁとフニは思う。
「……?」
そんな風にジュラと話していると、サーシャがのそりと起き上がる。よく見ると、サーシャの目元は赤く腫れていた。
フニはサーシャにどんな顔をすべきか分からなくなり、とりあえず苦笑いを返すことにした。
「おはようございます、フニ様」
「お、おはようございますサーシャ」
どういうわけか、物凄く会話を続けにくい。サーシャが少し物々しいのだ。
サーシャは普段からキリッとしていてお堅い雰囲気はあるが、今日は「意識してやってるのでは?」と思えるほど重苦しく感じた。
「随分と長く眠って居られましたね。睡眠過多は生活リズムを崩すので、今後はお気をつけください。……私は食事を用意して参ります。失礼します」
「え?あ、ちょ……」
スタスタスタと、サーシャはフニの部屋から去ってしまった。怒らせた記憶はないが、何かしてしまったのだろうかと不安に思う。
そうしてフニがポカンとしていると、ジュラが小さく笑いだした。
「ははっ、サーシャさんは本当にアレですね。どうしても自分のイメージを壊したくないらしい」
「と、言いますと」
「フニ様は、サーシャさんをどんな風に思っています?」
「サーシャをですか?そうですね……頼れる姉、みたいな感じでしょうか」
「はい、まさにそういうことです。……ちなみにここだけの話、サーシャさんはこの三日間、一人になるたびに泣いていましたよ」
「え。いやでも、あのサーシャがボクが怪我をしたくらいで泣きますかね……?」
「ふむ。であれば、ただの私の見間違いかもしれません」
「なんだか胡散臭い人ですね、ジュラさん」
「よく言われます」
ジュラは笑ったまま、フニのジト目を軽く流した。
「……ん?ところでジュラさん今、『三日間』って言いました?」
「言いましたよ。ご存知なくて当然ですが、フニ様は丸々三日間眠っていらしたので」
「マジですか」
三日間ともなれば、お昼過ぎまで寝ちゃったなぁどころでは済まない大爆睡である。サーシャに寝すぎだと言われたのも納得が行く。
「三日経った今でも外は大騒ぎですよ。フニ様の『戴冠祭』が行われるのは四日後ですが、きっとその日までこのお祝いムードは収まりませんね」
「……いや待ってください、なんですか『戴冠祭』って。初耳なんですけど」
「ええ!?ハーネス王国に住んでいれば、誰でも知ってる常識ですよ!『第一位』が入れ替わる度に行われるお祭りを知らないんですか!?」
「欠片も知らないです」
「むぅ。でも言われてみれば確かに、ギルヴァはかなりの長期間『第一位』に居座っていましたからね。最近の若い子には、あまり馴染みがないのかもしれません」
「最近の若い子、ってジュラさんも十分に若いじゃないですか。ジュラさん、サーシャより少し歳上なくらいでしょう?」
「今年で24です。フニ様と比べたら8つも違います」
フニはさり気なく子供扱いされたことに、ムスッとして頬を膨らませる。別に大人びていると思われたい訳でもないが、とはいえ子供扱いは話が違った。
「……まぁ、それより。ジュラさんに一つお願いがあるんですけど、聞いて貰えませんか?」
「フ、フニ様のお願いですか。なんだか恐ろしい響きですね。私に可能な範囲であれば努力しますが、あまり大したことは出来ませんよ?」
「心配せずとも大丈夫です。そう難しい内容ではありません。それに報酬もちゃんと出しますから」
「報酬ですか。……危険度の指標として、先に金額からお窺いしても?」
ジュラはフニの笑顔を見て、一歩後退る。フニが一体何を言い出すのかと、恐れている様子だった。しかしフニは可愛らしく人差し指を頬に当て、構わず言葉の続きを語る。
「報酬はボクの全財産で。頼まれて貰えますよね?」
「お断りします」
満面の笑みで、ジュラは拒否を突きつけた。
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