大丈夫、キミはちゃんと幸せだよ。
清野勝寛
本文
「俺、来年地元に帰ろうと思うんだ」
大学からの腐れ縁が続いていた直哉から久しぶりに会おうと連絡があったと思ったら、いきなりそんなことを言われた。
「ふぅん、そうなんだ。地元ってどこだっけ?」
年末の騒がしい居酒屋の雑音が、不意に消えたような気がする。多分気のせいだ。
「青森。親父もおふくろも、もう歳だしさ。こっちでやりたいことも……一通りやったし。向こうでも出来るしな」
煙草を燻らせながら、まるで自分に言い聞かせるように直哉は呟いた。最初は嫌いだったこの匂いも、気が付いたら平気になっていた。
「なるほどねぇ……私らの腐れ縁もここまでかぁ……」
明るく聞こえるようにそう言っては見たが、どこか未練がましい気がする。誤魔化すように酒を呷る――。
――男女間での友情は成立しない。
そんな言葉を昔どこかで聞いた気もするが、少なくとも私と直哉には当てはまらないということだけは確かだった。向こうは絵を描くのが好きで、私は小説を書くのが好きで。お互いに異なる情熱を吐き続けるうちに意気投合し、気が付けば十年の付き合いになる。学生の頃と比べると会う頻度は減ったけれど、夏と冬の連休にはたいてい飲みに行ったし、そうでなくても頻繁に連絡は取りあった。同性の友達以上に、なんでも話せる間柄だと、私は思っている――。
「――いやいや、そんな大袈裟な。別に連絡は取れるし、会おうと思えば会えるだろ。むしろこの十年で皆結婚やら転勤やらでどんどん連絡とれなくなったし、お前くらいだよ今まともに話せる友達なんて」
箸で刺身のつまをつつきながら、春樹は言う。私には、彼の迷いや葛藤が手に取るようにわかる。
「私は別に連絡とれる友達いるから。向こうで良い女でも見つけてさっさと結婚しなよ。私らもう、イイトシなんだし」
「え、何お前結婚願望あんの?」
「ないわ。あったらとっくにしてるわ」
「はぁ? 最後に彼氏がいたのは?」
「……六年前だけど。そういうお前はどうなのさ」
「六年前だな……やめよーぜこの話」
お互い大袈裟に肩を落とす。それから目の前にあるグラスを同時に空にして店員を呼んだ。
「難しいよな、生きるのって。普通に生きていただけなのに、色んなことが起こって、変わってさ。昔みたいに……昔のままで、十分幸せだった気がするんだよ」
まるで今が幸せじゃないみたいな言い方だ。酒飲んでヘラるのは三十路過ぎても変わらない。
「何、寂しいの?」
「……それもあるのかもなぁ」
分かっている。十年も一緒にいたら嫌でも分かる。こいつは私に、背中を押して欲しいのだ。大丈夫だよって、言って欲しいのだ。
「人と比較しなければいいんだよ、自分のこと。地元に帰って親孝行出来るのも、今のうちだけだし、立派な選択だと私は思う。もう出来ないって人だって、たくさんいるわけだし」
「……なぁ、お前さ……」
眉間を抑えてから、春樹は何かを言いかけて、やめた。その選択は正解だ。私はその提案に乗ってあげることが出来ないから。
「大丈夫、あんたはちゃんと今、幸せだよ」
だから、代わりの言葉を贈る。
「それに、これからも」
「そうだといいなぁ」
店を出ると、珍しく雪が降っていた。冷たい風にさらされ、二人一緒に身を縮める。
「んぁー寒い! 寒すぎだろ今年!」
「青森はもっと寒いでしょ…!!」
「そーだけど! あっちの寒さとはまた違うんだよこっちの寒さは……!」
白い息が漏れては消える。外に出ると、どこか浮足立った人混みが目についた。私達も、その中の一つであるのだと自覚すると、少しだけ寂しくなって、安心した。
「じゃ、また会えたらまた今度」
震えながら春樹は言う。
「なんだよ気がはえーよ、そんな直ぐには帰んないよ」
「や、引っ越しの荷づくりとか、手伝わないから、多分今日が最後だよ」
私がそう言うと、春樹はより一層顔を青くした。
大丈夫、キミはちゃんと幸せだよ。
大丈夫、キミはちゃんと幸せだよ。 清野勝寛 @seino_katsuhiro
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