第58話 涙
毛束で描く魔導円から放たれる魔法の威力は段違いだった。
まず大きさが違うし、手間をかけているという条件がそろうからだろう。
光の光線が、短髪クソ野郎を直撃し、二階から一階へ落ちていく。
あっさり沈黙しているようだった。
一階に降りていく。
「死んではいないよ」
僕がそう勝利宣言すると、歓声に包まれた。
だが、その感情は恐れが入り混じっている。
自分たちの理解できない力を持つ僕を怖がっているのだ。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
「……君!」
女子や教師が、短髪クソのほうへ駆け寄り、介抱しはじめている。
「はやく、救急車を!」
僕は何も言わず、体育館の出入り口へと向かう。
自然と野次馬たちは、道を開けていた。
まるで絶対的権力のある王様か、刃物を持った犯罪者が通っているかのようだ。
みなは、僕をどちらと認識しているのだろう?
校庭にある椅子で座り、ぼんやりする。離れた体育館や校舎はしきりに騒がしく、まだ騒ぎが残っているのだろう。救急車のけたたましいサイレンが耳に残る。
しかし自分の周りには人がいない。
陰が見えた。
顔を上げると、背の高い男が立っていた。
筋肉質で、いつも自信満々の男。
「やるじゃねえか」
権藤はそういうと僕の肩をぽんぽんと叩いた。
はじめて褒められて泣きそうになってくる。
「遅いですよ……僕は正義の味方をやったっていうのに。嫌々」
「ま、魔法なんて誰も理解できないさ」
諦めたような口調。
「今はな」
そういうとにやりと笑った。
「時代が変わる……そう仕掛けられてるんだ。もう誰にも止められない」
「どういう意味ですか?」
「今にわかる」
はっとして顔を上げると大勢の警察官が駆け付けているところだった。
隣のベンチに腰を掛けた権藤さんが、唐突にいった。
「実は、頼まれごとをしてほしい」
「頼まれごと?」
「ああ、レイちゃんに会ってやってほしい。できればお前の家に呼んでやってほしい」
その勝手な言葉に怒りが沸き上がり、立ち上がる。
「はあ? 絶対いやです」
そういうと校内に戻ろうとする。
そろそろ下校時間だし、鞄を取りに戻りたい。
魔法を使ってしまったし、この学校にいられるかどうかもわからないのだ。
がしっと背後から肩を掴まれる。
「なんでだよ、お前好きだったじゃねえか」
「す、好きじゃないですよ! あんな人。散々連絡したのにほぼ無視されて。今日だって、緊急連絡しても助けにきてくれなかった!」
そう叫ぶ。
体の震えが止まらない。怒りなのか嫉妬なのか、寂しさか。それらすべての感情かもしれない。
ずっと言いたかったことをぶちまけている気分だ。
権藤さんが不思議そうに、
「お前、見てないのか? 緊急連絡」
「何がですか!」
「レイちゃんのほうも緊急事態だったんだよ。魔化した奴ら三名に襲われた」
「え」
スマホは壊されて、それ以降は当然受信できていない。
「しかも、あいつはこの間の傷のせいで、魔法を使えない状態だった。意味わかるな?」
魔法が使えない状態でさっきのような奴らに襲われた。
いくら経験があるからといっても大変だろう。
だが彼女のように強いなら問題ないだろう。
納得できない。
「あいつ、持たないかもしれない」
「え?」
どういう意味。
「お前にレイちゃんのこと話してやる。覚悟してきけよ」
「僕だってかなり不幸な人生ですよ、友達ぜんぜんいなくて。一人ぼっちで」
「バカ、ぜんぜん違う。お前には家族がいるだろ、彼女は……家族を奪われたんだよ」
権藤さんはいう。
「魔法にな」
◆
突然、私は権藤に連れていかれて、なぜか西岡の家にいる。
しかも西岡家全員そろっている状況だ。両親に妹、権藤、西岡自身。
事件後、一日ほど病院で過ごした。多少怪我あったのと呪が気になったからだ。
その間、事件について報告書を作り、取り逃したBシステムズの向井には、再度取り調べが必要と桐谷には報告を実施した。それからようやく自宅に帰り、シャワーを浴びた後、自宅で布団にくるまり、いろいろと考え込んでいるところだった。
突然、インターンが連打された。
「誰」
開けると権藤だった。
知った顔をみて少し安心する。
「結構夜遅いんだけど、乙女の部屋にいきなり押しかけてくる?ふつー」
と嫌味をいいながらも部屋にいれようとしたが、なぜか権藤は入ろうとしない。
何をしに来たというのか? 不審に思い、権藤の顔を見直す。
彼はなにか企んでいるという顔をした。
「まだ七時だろ。着替えろ、行くぞ」
「はあ? どこに」
「西岡の家でパーティだ」
というわけで連れてこられたのが、本当に西岡家。
意味不明。
西岡君とは、あまり連絡を取っていなかったということもあり、少々ぎこちなく挨拶をした。
それだけしか話せていない。
そのうえで、会ったこともないご両親と妹さんと食事。しかも、人の家で。
ありえない状況にものすごく緊張していた。
学校ではうまくクラスメイトとやっていたつもりだったが、魔法に忙しかったのでこういうパーティにはほとんど参加したことがなかった。
これは何のパーティなんだろう。
お誕生日?
その割に誰かが主役という感じもない。
目の前には、すき焼きが焼かれている。
「うちは関西流だからね。先に肉から焼くんだよ」
西岡は妙に明るくいうと、私に玉子を渡した。
すき焼きも正直あまり経験がない。桐谷家では家政婦が雇われていて、料理は作ってくれていた。ただ、あまりこういう家族団らんというのはよくわからない。
「しかしうちのタカシに、こんな可愛いお友達がいるなんてね」
と彼の母がにこにこしながらいった。
可愛いと年上の女性に言われて照れる。
「まったくだ。友達もいないくせに、警察を手伝うなんて聞いたときは驚いたが」
彼の父が目を細める。
「こういうことか」
「と、父さん。そういうことじゃないから!」
「黒木さん、君も警察の手伝いを?」
「え、ええまあ」
何と説明しようとか口ごもる。そもそも西岡はどのように説明しているのだろうか。
手伝いというか、警察の一員になっているのだが。
「黒木さんじゃ堅いわね、レイちゃんって呼んでいいかしら?」
「いやいきなりすぎでしょ」
「え、はい」
西岡がそういうが、私は反射的に頷いてしまっていた。
「私も呼びたい!」
そう手を上げるのは彼の妹だ。カエデという名前らしい。
あまり西岡には似てない。明るい感じだ。小学生高学年くらいだろうか。
小さくて元気そうでかわいらしい。
「だってレイちゃん、すごくきれいだもん。手白くてつやつやしてて、髪の毛すごい細い、いい匂いするーなんでー」
そういうとうっとりと、私のほうを見つめた。
あまりこういう視線をされたことがないので、たじろぐ。
「でも、わかったよ。お兄ちゃんが急に明るくなった理由が」
「あ、こら! か、カエデ!」
「レイちゃんのせいだ」
「い、いいいいいやいや、違いますよ!」
西岡がカエデの口を手で押さえ、カエデが嫌がる。
その仲睦まじい姿をみて、思わず私も笑顔がこぼれた。
「たまにはいいだろ、こういうのも」
と権藤が恩着せがましくいってくる。
「……うん」
と同意し、いつの間にか自分の器に入れられていた玉子に肉をつけて食べる。
甘じょっぱい牛肉の味が口いっぱいに広がる。一人で食べるいつものカップラーメンやコーラとは全然違う。
大勢で食べる食事は温かくて、笑顔があって。
「どう、レイちゃん。うちのすき焼きは」
カエデがにこにこしながら聞いてきた。
「おいしいよ」
私は笑顔でいおうとして、頬に何かが垂れてきた。
目の前が水でひたされたように見えなくなる。
「あれ? おかしいな。おいしいのに」
手で目に触れると涙がぽろぽろとこぼれていた。
一花もカエデちゃんのように、笑顔でいてくれていれば。
両親が生きていれば。
私はこういう中で生きれていたのかもしれない。
色々な想いが襲い掛かってくる。
突然背後から抱きしめられる。
「大丈夫よ」
西岡の母親だ。
そして小さな手に手を握られる。
すごく温かい。
「おー、西岡。お前もレイちゃんの手握るチャンスだぞ。他触ったら殺す」
権藤がにやにやしながらそんなことを言っている。
「な、何言ってるんですか!」
西岡が顔を真っ赤にしながら手を机の下でもぞもぞさせている。
私は、おかしくなり涙を拭きながら、彼の手に軽く触れた。
ようこそ。魔法開発プログラミング統合環境グリモワールへ。但し魔法には悪魔的副作用があり、害悪があるため美少女魔導官が取り締まります ゆうらいと @youlight
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