第57話 同時多発感染5 カラドボルグの魔剣

 襲い掛かる敵の動きを避ける。


 幸い敵は、普通の人間の体のままであるため、避けるのに難しくはなかった。

 長身男の蹴りは、空を蹴り、そのまま壁を壊した。


 部屋の隅で震えているのは、向井と秘書。

 純友は、呪縛を手に、後ろからタイミングを狙っている。


 敵は、まず私を狙っているらしく執拗にこちらに襲い掛かってきていた。


「逃げるなアあああああああ!」


 魔化した人間は本能のまま暴れる。

 意識があるといえども、その原則はあるらしく、強烈な勢いで放つ、蹴りや手刀は、彼自身の体を傷つけているようだった。


 皮膚は裂け、骨は折れ、血は滴り、見るも無残だ。

 だが、痛みがないのだろうそれでもめちゃくちゃに両手足を振り回してくる。

 魔法に制限がある今、私はただの女子高生だ。


 運動神経には自信があり、戦闘訓練も受けているがそれだと普通の人間と変わらない。

 魔法を使うしかない。

 わかっているのだが、怖い。痛みも怖い、呪も怖い。


 それ以上に怖いのは――相手を殺してしまうかもしれないということ。


「は!」


 掛け声とともに飛び上がり、会議室の机に乗って走ろうとする。

 敵も同じように机に乗ってくる。

 やはり非常に単純だ。


 それだけにやりやすい。

 机に乗りかかるタイミングで回し蹴りを放つ。顔面がちょうどいいところにあるので蹴りやすい。クリーンヒットした。ヒールが顔面に突き刺さり、すっぽ抜けた。

 もう片方も投げ捨てて、裸足になる。


 私は叫ぶ。


「首!」

「おし!」


 そこに純友が覆いかぶさるように飛び掛かり、

 無事純友が呪縛を首に突き刺す。男が意識を失うように床へ崩れたのを見届けた後、


「よっしゃ!」


 ハイタッチをする。

 まずは一人。

 いける。


 が、その確信が一瞬で崩壊する。


「やるねえ!」


 場違いな声が響いた。

 油断した。蹴り男に集中しすぎていたのだ。


 いつの間にか、歩くだけだったメガネの男が純友の横にいた。手にはカメラ。魔法行使時の光が見える。


 しまった。

 背筋がぞっとする。


「――マジックアロー!」


 放たれた光が、純友を痛打し、窓の方向へ吹っ飛ばしていく。

 純友の体が窓ガラスを突き破る。

 ここは地上二十階。このまま放っておけば、確実に死ぬ。


「純友さん!」


 助けようとして足が張り付いたように動かないことに気づく。

 足元には、どろどろに体を溶かした男がにやついていた。私の足首を男は、手足と長い舌でつかんでいる。


「よーくみえるよお、ここからだと」


 げへへと下品な笑い声を立てながら、足首をぺろぺろと舐められる。

 ぞくりと寒気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。


 スライムを力任せに引きずりながら、純友のほうへ歩き、彼の体をオフィス内に引き戻す。

 ガラスの破片で頭に怪我をしている。血まみれだ。

 彼は一瞬気を失っていたらしく、頭を振った。


「黒木さん、俺は大丈夫。逃げて」


 ふらつきながらそういうと、起き上がろうとするが力が入っていない。

 手を貸そうとするが、純友には手だけで制された。


「俺は大丈夫」

「おっと、これ簡単に抜けるじゃん」


 せっかく差し込んだ呪縛が抜き去られる。


「くそがあああ!」


 ようやく封じ込められた蹴り男が怒りを露にした。


――最悪だ。


 呪縛の弱点。

 それは封じるにしても、解放するにしても簡単であること。

 そのため、複数人いると全員を封じこめないと、仲間に解放される危険性がある。ということだ。注意点として、この呪縛が配られえるときに桐谷が言っていたことを思い出し、唇を噛む。


「これで三対二。いや」


 蹴り男は、血まみれの純友に視線をやる。


「一かなあ、お姉さあああん?」


 メガネが興奮気味にしゃべりだす。


「いいねえ、これライブなんだよ、知ってた? 美少女警察官と魔法で戦ってみたってタイトル。その前は話題の魔法、本当にあった件。五万ビューあったんだよお」


 下品に唾をまき散らす。


「婦警さん若いよね、新任かな? もうちょっとエッチなポーズしてくれない? バズるから! アクセスされまくりだから! 俺も億稼げる! よし、お前下からのアングルで撮ってくれ。タイトル変えなきゃな、エッチな婦警さんの服がぼろぼろになるまで魔法で戦ってみた、に」


 とスライム男にカメラを渡そうとする。


「ぐえへええ」


 スライムも同調するように笑う。


 魔法を使うしかない。

 ポケットにある鉄の棒を握り締める。


 だが、躊躇してしまう。

 下腹部の痛み。


――違う。私は怖いんだ。


 魔化した人間を殺傷することを。


 それは妹の存在を否定することになるから。


 今までも魔導官として、呪いに飲み込まれた人間たちと戦ってきた。妹とは違い、理性がないからだ。今回のやつらは理性がある。人間だ。

 たとえ下品でも犯罪者でも、人間だ。


 本当に殺してしまっていいのだろうか?

 それは、妹を殺すことに繋がらないだろうか?


「な、何しやがる!」


 メガネ男のカメラが吹っ飛ぶ。


「黒木さん、逃げて!」


 拳を血まみれにした純友がにこりと笑った。

 皮膚が裂けた拳には、レンズの破片が突き刺さっていた。


「心配ないから。俺は君を守る」


 それは素敵な笑顔だった。


 ああ。


「ふざけるなあああああああああああ! カメラ壊れてんじゃねええかあああああああ。邪魔するなよ、おっさん!!ヘルフィスト!」


 メガネが激高する。


 純友が笑顔のまま、炎の拳で殴られている。何度も何度も。

 顔面が陥没するようないきおいだ。肉が焦げ付き、血が噴出し、歯が折れる。


「お前も手伝え! おっさんを殺すぞ!」


 蹴り男も参戦して倒れた純友を一緒に蹴り始める。


 ああ。


 鉄の棒を潰れるほど握り締める。


 ここでやれないのなら、私は――



「カラド」




 魔導官なんて、やめてしまったほうがいいだろう。


「ボルグの魔剣よ」



 ぽつりとつぶやく。



 ずぐんという痛みが襲う。


 なんとか耐え切り、魔法を維持するように努める。




 その呪文と同時に、手の中にある鉄の棒に魔法が通い、光の剣が生成されていく。

 殺傷力が高い、尺の長い剣だ。


 ここからでも十分に届く。

 そのままメガネ男の首をはねた。


 飛び跳ねた首は激高した表情のまま、窓の向こうへ転がり落ちた。返す刀で、純友を殴る腕を斬り落とす。


「は?」


 状況を理解していない蹴り男の脚も斬り落とす。


 噴出する熱い赤い血。

 そしてもう片方。

 これで悪さはできまい。


「いいいいいいいいい」


 スライムが逃げる。

 致命的な遅さだ。

 私はそれを追う。


 殺して、やる。


「く、黒木さん!」


 倒れたままの、ぼろぼろの純友が私を優しく掴んだ。


「……もういい。さっきのUSB……もう一つあるんだろ、俺に貸してくれ」


 その言葉に我に返り、彼を見やる。

 純友は顔の片方を大やけどしていた。いやそんなもんじゃ済んでない。


 震える。がちがちと歯が。

 それでもにっこり笑みを浮かべている。

 私を落ち着かせようとしているのだ。


 私の手から鉄の棒が転がり落ちる。同時に魔法の効果が失われる。

 震える手で、彼に呪縛を渡した。


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