第56話 同時多発感染4 西岡へのおくりもの

 三発の魔弾が突き刺さり、茶髪のクソが体育館に倒れるとどよめきが起きた。

 広い空間に感嘆が響く。


「ええええ!」

「なに、いまの」

「西岡って超能力者?」


 野次馬から称賛の声が聞こえる。女子の声が多い。

 こういう声を向けられるのは生まれて初めてだ。なんというか。

 これは。


――き、気持ちいい……


 やばいにやける顔が止められない。

 相手が雑魚でよかった。

 とはいえ、秘密にしている魔法を人前で使ってしまった。

 せっかくの魔導官という地位は、はく奪されてしまうかもしれない。


「やめて! 啓介を殴らないで」


 などというわけのわからない泣き声も聞こえる。

 状況わかってんのか、と肩越しにみやると村上達と一緒にいる女子の一人だった。

 あのクスリを持っていた女だ。


「……こいつはクスリを飲んだの?」


 その泣きじゃくる彼女の顔をみて、ああ、飲んだんだなと理解する。

 自分の軽率な行いで、彼氏だが、好きな相手だかが、破滅するんだ。

 そして僕の忠告を無視したこと、一生後悔するがいい。

 ポケットの中で、魔導具呪縛を握り締める。

 まあ、殺しはしないけど。


 だが魔法感染後、制御できない人間はよくて施設送りだ。


「あれ」


 感触が違う。

 取り出してみると、手の中には黒い髪束が入っていた。

 なにこれ、としばし凝視する。


「ま、間違えてる」


 鎧井の蒼白な顔を思い出す。

 となると、まじで殺すしかない?

 茶髪のクソがゆっくりと起き上がってくると、勢いよく飛び掛かってきた。

 余計なことを考えていたせいで、僕の身体能力なら間に合わない。


 ――なら


「ジャンプ!」


 口早に唱えながら、横に飛ぶ。

 魔導円が展開されて、僕の体は大きく移動され、元いた場所の床は大きく穴を開けられていた。床板の木が捲れあがっている。やっぱり人間じゃない膂力だ。


 どよめく観衆。


 呪縛が使えないとなると、この魔弾魔法で倒すしかない。

 あとは数字を上げていくことで威力は上げられる。倒せないのならマキシマムしかないけれど、あれは負荷軽減のために大きな魔導円が必要になる。体育館に自分ひとりだけで魔導円を描く余裕などあるだろうか。


 球場の時は黒木さんが戦っていたおかげで書けた。

 はじめて彼女と会った屋上では、あらかじめ書いておけた。

 一人で敵と対峙しながら、魔導円を書いたことはない。

 しかも教師の見ている前で、スプレーで絵なんか使えば、後で面倒なのは目に見えてる。


「3!」


 唐突に威力三倍の魔弾を放つ。

 少しくらっとくる。

 ブラックコーヒーを飲んだようなかんじだ。


 だが、敵もそれを避けた。

 魔弾が体育館のステージへとぶつかり、大きくステージの床板を抉った。

 それを眺めながらスマホを掲げ、走る。


「2,2,1」


 連射で魔弾を三発撃ち込んでいく。

 角度を変えながら打ち込まれる魔法には、さすがに全部避けきれず、当たるが威力を抑えた最後の弾丸だけが当たったこともあり、ダメージが低いようだ。

 であれば、後半の威力をあげた三連でいくしかない。


 再度スマホを持ち直し――突然、何かが飛んできた。茶髪クソの首から生えた肉の触覚だ。


 スマホに当たり、転げ落ちる。


「やば」


 拾い上げようとして、茶髪クソが飛んでくる。


 思わず避け――茶髪クソがスマホを踏み潰した。

 みればわかるスマホの破壊状況。


――あいつ、スマホが狙いかよ。


 あっさりスマホを諦めると口早に呪文を唱える。


「ジャンプ!」


 大ジャンプをきめて、体育館の二階までフェンスを越えて着地した。

 階下にあるスマホの残骸を一瞥する。

 これはやばい。


 スマホがなくなり、魔弾が封じられてしまった。

 魔導円型の最大の問題は、いうまでもなく魔導円を書く必要があるということ。これが書けないのなら、こんな戦闘真っ最中のときに、魔導円を書かないといけないということだ。


 ポケットの中を探ると、ペンとスプレー、そしてあの髪束。それらを手に取りながら試案する。


 どれが最適だ?


 体育館の二階というのは特殊な構造だ。

 一階を見下ろすために作られた構造。そのため、ほぼ床がなく、壁に二階の通路が張り付いている程度の広さしかない。だからこそ、一階から二階へ飛び上がれたのだが。


 短髪クソが固まっているのが見える。

 どうやら僕の姿を見失ってしまったらしい。

 ここからだとあいつ届かないんじゃないのか?

 ならゆっくりと魔導円を書きまくるというのも――そう思った瞬間。


「!」


 茶髪クソが僕と同じように跳躍し、二階に降り立った。

 首元の伸びた肉の鞭が、僕のほうへ襲い掛かってくる。

 持ちにくい太い口径のスプレーが鞭に直撃し、黒いインクが爆砕した。体育館中に黒い噴霧が舞う。その隙に、逃げ出す。


「くそ!」


 ペンをポケットにいれながら走る。

 まだ髪束は手に持ったままだ。

 この髪束、何に使うんだよ。捨てるわけにもいかず、これを掴みながら走っていると、ふいに光が見えた気がした。


 体育館のバック裏まで逃げ込む。

 違和感があり、髪束をもう一度振る。

 振った軌跡通りに光が残る。


「これって、まさか」


 髪束を持ちながら円を描く。

 光が円を描き、しばらくの間、空中にとどまった。

 そういうことね。

 思わず笑みが零れる。

 勝てる。

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