第55話 同時多発感染3 魔化
「おら!」
手当たり次第に壁や扉を蹴る音が聞こえる。
魔法に呑みこまれた人間、つまり魔化した大学生だ。
秘書の女性がもっていた痴漢撃退スプレーを噴射し、けん制したあと、私たちは会議室にカギをかけて隠れている状況だ。
そのせいで、大学生一名は会議室の扉を蹴っているようだった。動きからすると長身の大学生だろう。他二名の動きはまだわからない。このとき、私は違和感を感じていた。
あの大学生、意識がある?
今まで魔導官として戦いは何度もしているが、理性を失い、およそ人間とは思えない状態になっていることばかりだった。
だが彼は言葉を話している。
きゅっと拳を握り締める。
やりにくい。
今こちらにいるのは、四名。Bシステムズの向井社長、秘書の女性。
それから、私と純友刑事だ。
「なんなんだ、あいつらは」
イライラしているのは純友だ。さきほど私を救うために、あの長身の男を投げ飛ばしていた。
だが、すぐに形勢逆転されていた。
「異様な力だ」
そういいながらシャツをめくり、腕を見せてくる。
そこには手の痕がついていた。内出血している。
「大丈夫ですか?」
「ごめん、OK」
そう言いながら親指を立ててくる。
大学生三名が既に魔化したのは確認した。
太った男は液体のようにどろどろと溶け出しており、長身は現在蹴りをいれている。
もう一名のメガネはわけもわからず、歩きまわっている。
この会議室の扉も簡単に突破されそうなものだが、魔化すると知的レベルが下がる傾向にある。妙なところで引っ掛かってくれているのかもしれない。
別のフロアに行かれると面倒だが。
「俺たちのほかにこのフロアに誰かいますか?」
そう尋ねると、秘書の女性は青ざめた面持ちで首を横に振った。
「いえ、今たまたま会議が入っていなくて……ただ、30分もすれば下から上がってくる人もいるとおもいます」
「なるほど、とりあえず応援を呼びます」
それを聞いて意外とテキパキ行動する純友。それを眺めながら考える。
制限時間は30分か。
応援にきてもらったとしても通常の警察官レベルなら、戦うのは難しい。魔導官に期待したいところだが、三か所同時に緊急事態連絡が来ている状況だ。極秘任務だかですぐに戻れない魔導官が呼び戻されていればいいが。
一旦はこちらで何とかしないと。
――魔法を使うしかない。
自分の下腹部に触れる。
大丈夫。一度痛んだせいで思い込んでしまっているだけ。
そもそも魔導官は本来捕縛するのが任務だ。
鞄から呪縛を取り出す。二つしかない。敵は三人。
数が足りないが、この際、鈍重そうなスライムは無視する。
「純友さん」
電話を終えた純友に、呪縛メモリを一つを渡す。
「彼らには首元にこれのUSB差込口があります。これが弱点です」
「え、え、え? なんで知ってるの」
「実は私たちは、こういう人たちの専門です。このメモリを差し込むことで、彼らを止められます。一人任せます」
「……よくわからんけど、わかった。作戦はどうする?」
全然説明不足だったけれど、こういう緊急事態下では彼のような性格はいい。
とりあえず何も考えずに行動。というのができるタイプなのだろう。
「あ、あんたら、もしかして、魔法関係者?」
向井が震えながら、足元に縋って来る。
「だったら?」
その言葉に作戦を考えようとした思考を中断する。
こいつ、魔法を知っている?
「ぼ、僕を助けてくれ。警察だろ。僕は言われたとおりに、あ、あの三人をインターンとして受け入れて、テレビの取材を受けただけなんだ」
「誰から?」
聞き捨てならない言葉に詰め寄る。
「ば、馬場さんから」
「はあ? 彼……死んでるよね」
「し、死んだと思ってた。だけど昨日突然メールが来たんだよ」
とスマホで見せてくる。
そこには、こちらが指示の通りに対応しろ、さもなくばお前も殺す。
馬場。
と記載がある。
その下には指示内容があり、たしかに指定の大学生三名の受け入れと、テレビ局の取材受け入れが記載されていた。
「本物のアドレス?」
「け、消したはずの馬場さんのアドレスなんだけど、たしかに当時のものと同じなんだ。でももし馬場さんが生きてるなら、僕らのシステムに入って、再作成なんてお手の物だと思う」
もちろん誰かが成りすましている可能性だってある。
だがここにきて、死んだはずの馬場が生きている。という情報。
魔法のことを知っている向井。
怪しすぎる。
お前も殺すというのは、他に誰か殺されているのか。
腰を抜かしている向井に近づいていく。
「あんた、何を知ってるのよ。死にたくないのなら全部吐け」
と胸ぐらをつかむ。
「ちょ、ちょと黒木さん」
純友に止められているが無視する。
「な、何から話せば」
「誰から魔法のことを聞いた?」
「それは――統さんから、黒木統さんから」
え?
時が止まる感覚。胸ぐらをつかむ手から力が抜ける。
そのとき、扉が蹴破られる音がした。
倒れる扉。そこから現れるのは長身の大学生。大きく見た目は変わっていないが、妙なところに呪痕が現れている。額だ。
「ひへへへへえええ……見いつけた」
長身の男がいやらしい笑みを浮かべた。私と秘書女性に目をやると舌なめずりした。
魔化するとその人間が、本来持っている欲望が増大する。
つまりはそういう欲が強いのだろう。
「俺たちは有名人になれるうううう!」
「ユーチューバー!!」
男の背後から――いや足元からドロドロに溶けたスライム男が現れた。手にはカメラを持っている。そのさらに後ろにはメガネの男も控えているようだった。
やはり、こいつら、意識があるのか。
彼らを見ていると施設にいる閉じ込められた可哀そうな人たちを思い出してしまう。
妹と同じ。
拳を握り締める。
彼らを救えるか。
私は立ち上がると、純友をみた。
「私が囮になります。その隙にそれを」
そういうと、首元に指を突き刺す仕草をした。
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