第54話 同時多発感染2 西岡の始動

「魔法使いになれるクスリなんだって」


 その言葉を聞いたとき反射的に立ち上がっていた。

 教室の後ろには、村上の取り巻きたちが集まっている。村上を含めて男子二名、女子二名おり、女子の一人が手の中のものを村上たちにみせているようだった。


「なんだよ、西岡」

「なんか文句あんのか? あ?」


 村上の取り巻きの一人、短い茶髪が中指を立てた。


「きも」


 男子二名と女子一名からそんな心無い言葉が投げかけられる。

 開きかけた口を閉じる。

 その三人の嘲るような顔を冷めた目でみる。醜い歪んだ顔だ。


 せっかく助けてやろうと思ったのに。

 こんなやつらを守る理由はあるのか?

 勝手に死ねばいい。


 僕は正義の味方じゃないんだ。

 魔導官になったのは、自分の人生を変えるためだ。

 漫画でもアニメでも主人公は、どんな心の醜い人間でも助ける。だがずっと疑問だった。ほんとに助ける必要などあるだろうか?


 僕が主人公なら切り捨てるのに。そう思った。

 何も言わず、座席に座る。


「ばーか。糞が」


 茶髪が背後からまだ執拗に投げかけてくる。

 イライラして机に魔導円をなぞる。線は消えてしまうため、これでは魔導円の発動条件とならないのだが。


「……そのクスリ、大丈夫なのか?」


 突然、そんなことを村上が言った。


「えー、村上っち、弱気じゃん」

「だって、お前どこで手に入れてきたんだよ。麻薬みたいなやつだったらどうすんだよ」

「だーいじょうぶだって。これ姉貴の彼氏がもらったって」

「余計あやしいだろ」


 笑い声。

 後ろを振り返ると、村上がちらりとこちらを見ていた。

 助けたつもりか、あいつは。

 飲めばいいのに。


 それから休み時間が終わり、また体育の授業となっていた。

 一時期、体育にやる気となっていた僕も、またやる気がなくなっている。当然だ、魔導官という目標のために頑張っていたのだから。


 上履きの中の魔導円はまだ残っているけれど、もはや全く使わず、やる気もないので当然まったく活躍していない。

 だから当然。


「西岡ほしい人いる?」


 このように言われる。

 だがそれで笑われても怒りはあまり感じない。というか興味がない。

 集まった女子グループに視線を巡らせる。もちろん彼女はいない。

 登校していないのだから当たり前だ。


 やっぱり僕のモチベーションは彼女なのだろう。それだけは認める。彼女がいないと寂しい。自分の人生に何かが足りない気がする。

 突然、騒ぎが起きる。


 場所は、少し離れたコートだ。別のチームが試合をしていたところだ。


「おい! 大丈夫か! 啓介!」


 大柄のたしか柔道部の男子が、突如倒れた男子に声を掛けている。

 倒れている男子は……村上の取り巻きだ。短髪でいつも僕をいじめてきたやつ。さっきもうざいことをいっていたやつだ。

 啓介というらしいが、嫌な予感がする。


「うわ」


 という野太い声とともに、柔道部の男子が信じられないくらい弾き飛ばされた。

 そのまま女子グループの中に突っ込み、悲鳴があがる。


 短髪の男子が起き上がる。


 だが変だ。目が白目を剥いている。口元からは涎を垂らし、片足を引きずりながら歩いてくる。


 まるでゾンビだ。首元から何かがぶくぶくと飛び出している。

 金属製の光はたぶんUSB端子だろう。


「きゃああああっ!」


 絶叫。悲鳴。怒号。今度こそ本当にパニックとなった。


「せ、先生よべ!」

「やばいよ。救急車」


 その光景をみながら、僕はどうすればいいのか迷う。


 この間みたいに魔法でこいつを倒せばいいのか? 魔弾は威力が弱いとはいえ、人ひとり昏倒させるくらいの威力はある。当たり所が悪ければ死んでしまうことだってあるだろう。


 この間、マノウがいたらしき雑居ビルで散々放ったが、あれは知らない相手だからだ。

 知っている人間となると、また別の気持ちとなる。

 そもそも、こんなみんなが見ている場で、魔法を使っていいのだろうか。


「あ、そうか」


 スマホで緊急連絡をすればいいんだ。


 まだまだ高校生だし、他の魔導官に助けを呼べばいいんだ。

 とおもったが、そもそも体育の授業だったので手元にスマホがない。

 教室の中だ。

 とりあえず教室へ走る。


 既に半分くらいのクラスメイトが既に外に出ており、大人たちを呼びに行っていた。

 大人を呼んでも余計ややこしくなるだけなんだけどな。

 そう思いながら教室に走り、上着にはいっているスマホで緊急連絡を示すスタンプと、概要を飛ばす。


 透晶高校で魔法感染。どうすれば。

 とりあえず助けは呼んだ。このまま隠れていようか。

 次は――


 細い茶色い髪と透き通るような瞳をした彼女を思い出す。


 彼女ならどうするだろう。


「彼女なら助ける、だろうな」


 あんな奴らでも。


「くそ! 僕も魔導官だ!」


 そしてその上着を体操着の上から羽織る。このポケットの中には、魔法対処用のグッズが入っているのだ。

 再度体育館へ戻る。


「なんか面白いこと起きてるらしいぜ!」


 騒ぎを聞きつけた野次馬たちがどんどん集まってきている。

 体育館の入り口を野次馬が埋めており、中が見えない。何とかねじ込むと、腕っぷしの強い体育教師と、柔道顧問が啓介とやらを抑えてつけているようだった。

 だが足りないだろう。


 やっぱり跳ね飛ばされた。

 教師たちは数十メートル飛ばされ、壁際まで転がっている。

 人間の力じゃできない所業だ。


「きゃああああっ!」

「うわああああああ」


 それを固唾をのんでみていた観客から悲鳴が上がる。

 僕が野次馬の隙間から体育館の中へと潜りこむ。


 頭の中が冴えわたっている。

 とてつもなく冷静だ。この間のビルの中、あれのほうがもっとひどかった。

 人間の形が崩れた不快な怪物たちが自分たちを貪りあっていた。

 殺すしかなかった。

 僕だって人間だ。元人間を殺すのに躊躇しなかったわけじゃない。

 だが、自分が殺されそうになっているのに人権やらなんやら抜かすやつは、わかっちゃいない。


 自分の命のほうが大切に決まっている。

 茶髪のクソをみる。


 首元からいくつもの突起がわいており、それが伸びている。肉でできた植物を思い起こさせた。肉の茎は、その先にUSB端子の花を咲かせている。


「きもい」


 先ほど言われたような言葉が口をついて出る。

 こんなのただの一匹だけだ。

 球場のほうが酷かった。人間を爆発させた怪物。ばらばらの肉片をこの目で見てきた。


 この程度で絶叫し、逃げ出すようなクラスメイトのほうが心が弱い。


 体育館の中は、茶髪のクソと、吹っ飛ばされた教師、あと村上なんかが残っているようだ。顔面真っ青じゃん、お前。怖いならさっさと帰れよ。


 また前へ一歩、足を進める。


「西岡?!」

「なんで、お前なんかが、なにやってんだ」

「死ぬぞ」


 心の弱いクラスメイトからそんな声がかかるが、僕は不敵に笑みを浮かべた。


「お前は僕を苛めた」


 ちょっと周囲の目を――特に女子の視線を意識しながら。

 いやかなり意識しながら。

 心臓バクバクの中、指さす。


「だが、僕はお前を救ってやるよ――」


 スマホをかざすと、朗々と呪文を唱える。


「1,2,2」


 体内で生成された魔力は、スマホに描かれた魔導円の元に届き、光を放つ。

 その魔導円から魔弾が放たれ、茶髪のクソに吸い込まれていった。



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