第53話 同時多発感染1 はじまり

 Bシステムズに来るのははじめてだ。


 前回の事件から約一か月が経過している。あのとき、鑑識に同行したのは小早川さんだった。一応魔法事件の場合、魔導官一人が護衛という意味で参加することになっている。


 私はおそらく桐谷の配慮からだろう、外されて上条を追いかけていた時期だ。


――いつも守られてる。私は。


 あの時の無残な血の海はきれいに清掃済みということだったが、まだあのフロアは立ち入り禁止となっているようだった。


 あのフロアには総務などのバックオフィスが入っていたらしい。

 なぜ上条はここを狙ったのだろうか?


 上条が魔法制御失敗で、魔化していることもあり、聞き出しは困難だったらしい。

 今頃、小早川がサイコメトリーしているはずだが、基本、映像だけしか見えないので理由まで調べるのは難しいだろう。せいぜいあの金髪少年マノウとの繋がりがあるかどうかくらいだ。


 何か手掛かりでも見えればいいのだが。


「黒木さん」


 純友に名前を呼ばれて我に返る。

 会議室に通されてしばらく待たされていたのだが、ようやく目当ての人間――向井正が部屋の中に入ってくるところだった。


 すらりとした長身でハンサムな男だ。


「やあ、あなたが黒木レイさんですね。田所さんから連絡をいただきました。……本当におきれいだ」


 と握手を求めてくる。

 その握手に応じると名刺を渡す。


「本日はお時間いただき、ありがとうございます」


 純友も名刺を渡すが、握手は求められていなかった。

 とりあえず田所と同じ話をした後、聞きたいことをいう。


「当時、父の会社は具体的に何をしていたのか。ということを調べているのですが、実際には父は経営者、営業として動いていたものの、技術的には馬場初則さんという方が担当していたということをお聞きし、こちらに参りました」

「なるほど、たしかに黒木さんのところに、弊社の馬場はCTO待遇で参加していました」


「では、馬場さんがクロキシステムアンドサービスに、基本的な技術を提供していたんですね」

「ええ」


 向井は頷く。


「でも彼は、Bシステムズを既に作られていたんですよね」

「そうですね。もともと馬場は、フリーランスで仕事をしていたのですが法人化したほうが税金など有利な面もあり、会社を立ち上げたようです。それがBシステムズです」


「それで父が腕を見込んで馬場さんにおねがいしたと」

「そういうことで間違いないかと思います」


 いまのところきれいに筋が通っている。


「そのとき、馬場さんはどんなことをされていたのでしょうか?」

「うーん、基本的に僕は営業畑なので深いことはわからないのですが、エネルギー価格の予測システムや温室効果ガスの吸収装置の改善だったと思います」


 サイコエナジーで聞いた話をまったくおなじだ。


「他にはありませんか? 変わったシステムとか」

「変わったシステムですか?」


 しばし考え込む姿勢をとる向井。少し経ってかぶりをふる。


「すみません、覚えていないですね」


 失望の色を出さぬように気を付けながら、再度聞く。


「当時馬場さんと一緒に技術を担当されていた方はいらっしゃいませんか? お話聞ければと」

「いやいないですね」


 即答だった。

 にこにこと爽やかな笑顔を浮かべているが、どうもしっくりこない。

 あまりに整った回答しか得られていない気がする。


 事前に田所副社長から連絡が言っていたといっても、当時の技術者がいないと即答できるものだろうか? そもそもあまり協力したくない理由がある?


 その後もいくつか会話のやり取りを実施したが収穫が得られなかった。

 次どういう質問をしようかと考えていたところ、


「黒木さん、出直しますか?」


 ほとんど黙っていた純友がそういった。

 私は仕方なく首肯する。

 向井のほうもしきりに時計を気にするそぶりを見せている。


「……そうですね。すみません、本日は急に無理をいいまして」

「いえいえ。でも驚きだなあ、黒木社長の娘さんがこんなにお美しいなんて。どうですか? 今度美味しいワインの店でも?」

「ありがとうございます。でも、なかなか時間がとれませんので」


 未成年だし。

 そう言って立ち上がり、雑談をしながらエレベーターホールにいく。

 すると慌てた様子で秘書が走ってきた。


「社長! 今テレビ局の方がこられました」

「テレビ局ですか?」

「ええ、密着したいというお話ありましてね。ちょうどインターンも入ってきたし、彼ら視点でいろいろ見てもらおうかと思ってるんですよ」


 あんな凄惨な事件があって、たった一か月でテレビの取材?

 違和感を感じる。


 エレベータが開くと、真新しいスーツに身を包んだ男子大学生三名が現れた。

 背の高い男、メガネの男、小太りの男だ。


 なぜかその大学生が気になった。

 なにか、あったということではない。

 ただ感覚的に気になった。


 小太りの男。しきりに熱そうでネクタイをずらしていた。

 その首元に呪痕がみえたような。

 いや気のせいか。


「ではレイさん、気が変わったら連絡ください。……お、君たちようこそ、Bシステムズへ。僕が社長だよ」


 調子のいい男だと苦笑する。

 そのとき、手持ちのスマホが鳴る。


 この音は――緊急事態だ。

 礼をいってエレベータホールでスマホを開ける。

 そこには西岡タカシの名で、緊急事態の連絡が入っていた。


 透晶高校で魔法感染。どうすれば。


 そう一行書かれていた。

 頭の中が真っ白になる。仲良くしていた学校のみんなや西岡君たち。


「ど、どうしたんだ? 君!」


 向井の鋭い声にはっとする。

 小太りの男が倒れていた。全身濡れている。汗だ。暑いというだけでは説明ができない尋常でない汗をかいている。その汗は、服を溶かし、どろどろと体から垂れ流していた。


 目の焦点が合っていない。

 

「どきなさい!」


 私は鋭くいうと駆けつけ、男の首元を引きはがす。

 USB端子が見えた。呪痕だ。


――呪縛を。


 ポケットに手をつっこむ。

 ない。カバンのほうだ。


 後ろを見やる。純友に投げるようにさきほど預けていた。

 向井の驚愕した顔、呼びに来た秘書の女性が慌てている。少し離れて純友が口を開けてなにやら叫んでいる。


 それを遮るように背の高い男が視界に入る。

 こちらに駆け寄り、鳩尾に蹴りを入れられた。不意を突かれ、私は胃の中のものを吐き出しながら転がる。


「そっちこそどけ!」

「カラドボルグの魔剣を――」


 ペンを触媒に魔法を展開しようとするが、下腹部の痛みで集中できず消え失せる。

 やばい。


 手から転がったスマホから再度、アラートを鳴る。

 そこには小早川からの緊急連絡メッセージだった。


 ぞっとする。


 同時多発感染。

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