■■■■-01
椿ありさの体に入っているナイナイは、中学校の制服のまま、ひかりの家に向かっている。
この体に入ってから、行きたいところにすぐ行けなくなったのが不便だ。とはいえナイナイと椿ありさの体はすっかりなじんでしまって、今では出ようと思っても簡単には出られない。ナイナイはそれでもいいと思っている。
(いいんだ。この体でいた方が、きっとひかりの役に立つんだ)
ひかりは今日も学校に来なかった。無理に引っ張り出すなんてことは、かわいそうだからできないけど、ナイナイはずっと心配している。転校生が自殺してからこっち、ナイナイはちっともひかりに会えていない。
なにかいいことがあれば、ひかりも元気になるかもしれない。そしてたぶん、今日はいいことが起こる日だ。そうなったらいいな――そう思うと足取りが軽くなる。
そのときナイナイはふと、だれかの視線を感じる。
だれかが離れたところから、自分のことを見ている。
ナイナイは体がざわつくのを感じる。椿ありさの心臓が、どきどきと強く打ち始める。だれかに見られている。ともだちではない。敵だ。ナイナイにはそれがわかる。
だれかがナイナイを、とても冷たい目で見つめている。
(どこにいるの?)
ナイナイは空を見上げて、視線の源を探る。そんなに遠くない。たぶん、中学校の近くにある公園だ。そこに誰かがいて、自分のことを見ている。
ひかりに会いにいくのは後にした方がいいかもしれない。ナイナイは踵を返す。
そのとき、椿ありさの頭の中に「なにか」が入ってきた。
(いたい!)
入ってきた「なにか」は、ナイナイを捕まえてどんどんちぎってしまう。体がよろけて、路肩に尻もちをつく。
なにかはナイナイをどんどんぼろぼろにしてしまう。
「うううううう」
うなり声をあげて頭を抱えるけれど、ナイナイは逃げない。頭の中に入ってきたものに、反対につかみかかる。
(ばかにしないで!)
ナイナイは入ってきたものをぐいぐい押し返す。引きちぎられても離さない。相手のこともちぎって、ぐちゃぐちゃにまるめて、押し返す。
これからひかりに会う。絶対に会う。だって今日はいいことがあるんだから。ナイナイは強くなったんだから、絶対にこんなやつにやられたりしない。
そういえば、前にもこんなことがあった。
ナイナイはいつだったか、お腹の大きな女の人のところに行ったことを思い出す。あのときもなにか大きなものがやってきて、ナイナイをめちゃくちゃに壊して放り出した。それで押入れの中から出られなくなったのだ。覚えている。
こいつはあのときのものより大きくないし、強くない。それに一度やられたことは、きっと自分にもできる。
覚えているのだから。
同じことを。
手応えを感じる。
・・・・・・
パキン、と枯れ枝を折るような音がした。
黒木省吾は音のした方を見た。
東屋の屋根の下に、志朗貞明が立っている。右手に巻物を持ち、左手をテーブルに置いた骨壷の上に添えている。
その左手の指が五本、すべてでたらめな方向に折れ曲がっていた。
驚いて見つめている間に、今度は大きめのバキッという音がして、誰かに弾かれたかのように志朗の左腕がぽんと跳ねた。志朗さん、と声をかけようとした途端、志朗が「戻れ!」と叫んだ。
骨壷の蓋がひとりでに跳ね上がり、カタカタと震えて止まった。
「――志朗さん!」
黒木は大声を出して駆け寄った。喉を踏み潰されたような声を上げて、志朗がその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
・・・・・・
ナイナイは、頭の中に入ってきたなにかが、それを送っただれかのところに返っていったことを知る。こっちを見ていただれかの力が、急に弱くなったからだ。
だれかは少しずつ離れていく。遠くなる。まだ生きているけれど、弱っている。
ナイナイは路肩に座ったまま、小さく声をたてて笑う。ナイナイもひどい目に遭ったから、今はあまり元気がない。少し休んでからひかりに会いに行った方がいい。ひかりに心配をかけてしまう。
しかえしに行くのは、その後でいい。
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