黒木省吾-05

「神谷さん、心配してましたよ」

「そうかぁ。あ、電話入れなきゃ」

「俺がしときますよ。それでその――大丈夫ですか?」

 言われたとおり、「黒木の三人前」になるよう弁当や総菜を買い込んできたはずである。ところが黒木より50キロ近く体重が軽いはずの志朗は、流し込むようにそれらを平らげてしまい、さらに「足りん」と言いながらキッチンの物入を開けてカップ麺を取り出した。

「そんな食べて大丈夫なんですか?」

「十日もかかったんじゃー。なんかもう十キロくらい痩せた気分」

 そう言いながら志朗は電気ケトルで湯を沸かし、その間にペットボトルの口を開ける。500mlの緑茶が瞬く間に消えていく。呆れつつも、黒木は改めて志朗が無事らしいことに安堵していた。

「じゃあ神谷さんに連絡――」

「ああー、そうだ黒木くん。キミな、秘密兵器のこと誰かに聞かれても絶対に言うなよ」

 志朗が慌てて釘を刺した。

「どこから敵に漏れるかわからん。どんなに口が堅くても、きょうに頭をいじられたらどうにもならんからね」

「えっ、じゃあ俺、さっきの聞いちゃってよかったんですか?」

 黒木が驚いて尋ねると、志朗は急に肩を落とした。

「よくない……よくないけど、罪悪感がすごくてつい言ってしまった……」

「えええ」

「黙ってられなくてごめん……絶対黙っといて」

「いや、ごめんはいいんですけど、俺どうしたらいいんですか? 万が一その、椿さんと出くわしたりしたら」

「相手は黒木くんのこと知らんはずだし、いきなり頭の中いじられたりはせんと思うけどなぁ。とりあえず加賀美さんのお札持っといて。ボクも持っとくから」

 志朗はそう言いながらキャビネットの引き出しを開け、手探りで中から何枚か取り出した紙を黒木に押し付けた。

「神谷さんには?」

「うーん、絶対知りたがるんよなぁ。何も言わなきゃよかった……とりあえず黙っとこ。ところで黒木くん、ボクが引きこもってる間に何かあった?」

「そういえば――」黒木はスマートフォンを取り出し、神谷経由で知った情報をメモしたものを探した。「森宮ひかりさんなんですが、今学校に行ってないそうです。彼女が通ってる中学校で飛び降り自殺があって」

「ほう?」閉じている志朗のまぶたが、驚いたように動いた。

「神谷さんの話によれば、その自殺も椿さんの影響じゃないかって怖がってるらしいです」

「そうか……他には?」

「他は――さっさと電話を切られてしまうと言ってました。どうも家族に聞かれるのを嫌がってるみたいです」

「自分のスマホとか持ってないのかな」

「持ってないみたいですね。父親も母親も椿さんの味方らしくて、そこから情報が洩れることを警戒してるみたいです」

「なるほど、もうそっちはきょうの影響が出てるらしいね。他は?」

「他は特に」

「じゃあ、今日は大丈夫です」

「は?」

「ボクは今日はもうシャワー浴びてひたすら寝るので、黒木くんは帰ってもらって大丈夫。変な時間に悪かったね」

「そ、そうですか……」

 今更のように黒木は辺りを見回した。

 この部屋のどこかにきょうがいるのだ。厭な気配はそのままだが、どこから漂ってきているのかはわからない。黒木の様子を察したのだろう、志朗が先回りするように言った。

「きょうだったら、師匠の骨壺の中にとりあえず入ってるよ。何せあの人のお骨から作ったけん、ポテンシャルの高さに期待しよう」

「ポテンシャルですか……」

「でも残念ながらボクの体力がもたないので、本格的着手は明日から。今日は無理。体洗わないと気持ち悪くて眠れないけどもう寝落ちしそう」

「それ、逆に俺帰っても大丈夫ですか? 風呂で倒れたりしません?」

「大丈夫……大丈夫じゃないかな……」

 結局、志朗が無事に脱衣場から出てくるのを見届けてから、黒木は帰宅した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る