二学期-03

 転校生が飛び降り自殺をしたから、学校は臨時休校になった。翌々日には再開されたけれど、ひかりは休んでいるという。会えるかもと期待していたのに残念だ。

 めったに欠席なんかしないひかりが休んでいるということは、自殺の瞬間を見てしまったことがよっぽどショックだったんだろう。私はそう考えた。ひかりはすごく優しい子なんだから、あんな光景を見たらショックを受けるに決まっている。

 その日はたまたま図書当番だった。たったひとりで当番の仕事をしながら、私はためいきを何度もついた。

 ひかりがいないとつまらない。

 あのとき一緒にいたのは私だけだったのだから、せめて私がどうにかすべきだった。ひかりの目をふさぐとか、何かできたことはあったはずだ。落ちてくる転校生はあんなにゆっくりに見えたのに、どうして私は体が動かなかったんだろう。

 私のことを知っている子は、カウンターに来ると全員「今日、森宮さんは?」とか「ひかりちゃんは?」と聞いていく。女子も男子も、司書の先生ですら「今日森宮さんは来ないの?」と残念そうに言っていたくらい。

「えーっ、森宮さんいないんだ」

「うそ、ひかりいないの?」

「そっか、休んでるんだ。あんなことがあればショックだよね」

「かわいそう」

 迷惑だよね、と誰かが言った。たぶん、それは転校生に対する言葉だったんだと思う。死んでまで迷惑かけてくれるな、という意味だったと思うのだけど、私はそれが自分に向けられた言葉のような気がして仕方がなかった。

 迷惑、迷惑か。

 何の役にも立たないくせに、ただちょっとひかりのそばにいただけで舞い上がっていた。私は迷惑だったのかもしれない。


 次の日もひかりは学校にこなかった。家に帰るのをいやがってたはずなのに、学校にこないなんて、きっとよっぽどのことに違いない。心配だ。

 ひかりはスマホを持っていなかった。家の電話番号や住所も知らない。担任に聞いてもたぶん教えてもらえないだろう。私には――私たちには待っていることしかできない。

 ありさはひかりの家の前まで行ったらしいけど、ひかりが他人に会いたくないと言うらしい。ありさにも会いたくないなんて、よっぽどショックだったんだ。

 やっぱり私が、何かしてあげていればよかった。

 ひかりが学校に来なくなってから、私は後悔ばかりしている。

 何もできなかった自分のことが、だんだんいやになってくる。


「瑞希、元気ないんじゃない? 大丈夫?」

 家で考え事をしていたとき、お母さんにそう聞かれた。

「なんでもない……」

「そう? なんだか思いつめた顔してるから」

「その……」

 実は友だちが学校に来てなくて、と言いかけて、私はふと口をつぐむ。ひかりの名前を出して、お母さんが学校に問い合わせたりして、担任が家庭訪問するとかってなったら――いやだな、と思う。ひかりをもっといやな気分にさせてしまうと思う。だって、一番仲がいいはずのありさだって、まだひかりに会えていないんだから。


「ごめん、あたしもまだ会えてなくて」

 学校の休み時間、ありさをつかまえてたずねると、案の定そう言われてしまった。

「まだだれにも会いたくないって……無理に行ったらひかりがいやな思いするだろうし」

「そっか……」

「なにかいいこと起きないかな」

 ありさちゃんがぽつりと言った。「ひかりに何かいいことがあったら、元気が出るかもしれないよね」

「いいこと」

 いいことってなんだろう。

 まず、なにか本を持っていってあげようかな、と考えた。ひかりに会えなくても、ひかりのお母さんに渡してもらえばいい。

 でも……と、図書室の棚の前に立つと、急に迷いが出てしまう。ひかりが好きなのはこわい話なのだ。ちょうど好きそうな新刊が入ったところだけど、でも、今のひかりは目の前でひとが死んでショックを受けてるはず。さらっと読んだけど、この本の中でもひとが何人も死ぬ。幽霊の本だから当然だ。飛び降り自殺をしたひとが幽霊になって、何度も屋上から飛び降りるなんて話も出てくる。

 やっぱりだめだ。今のひかりには渡せない。

 本を棚にもどすと、ゴト、という音がする。それがスイッチだったみたいに、私の気持ちがぐん、と暗く重たくなった。

 やっぱり私には何もできない。


 そういえば私、ひかりとの約束も守れなかったんだった。頼まれたときはあんなに嬉しかったのに、結局なにもしてあげられなかった。絶交されなかったことにほっとしてたけど、ひかりを悲しませていたのは私かもしれない。転校生でも、家族でもなくて、私だったら。どうしよう。

 すごくつらい。

 ひかりに会えないのも、なんにもしてあげられないのも、全部つらい。


 週末が明けて、次の日もひかりは来なかった。

 その次の日も、その次の日も来なかった。

 その次の日、私は部活をさぼって、制服のまま出かけた。

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