二学期-02

 図書当番が好きだ。委員会の集まりがある日も好き。ひかりに会えるから。本当は私も文芸部に転部したいけど、部員が増えすぎるとひかりはイヤだろうからやめた。ああでも、最近は学校に行くのが楽しい。毎日図書当番があればいいな。それに、図書室の本が全部こわい本になればいい。ひかりがこわい本が好きだし、ひかりが好きなんだからみんなも好きに決まってる。私もこわい話が大好きだ。

 ありさと仲良くなれたのも本当によかった。一回親しくなってみたら、本当にいい子だ。私だけじゃなくて色んな子と仲良くしていて、本当に友だちが多い。ありさとはよくひかりの話をしている。ひかり、図書当番のときはどんなことしてるの? って聞かれるから、知ってることを教えてあげる。ありさと話すのはとても楽しい。でも、私がよくありさと話してるってことは、ひかりにはあまり言わないことにしている。ちょっと悪いかなとは思うけど、やっぱり前は「話さないようにして」って頼まれてたわけだし、あんまり言わない方がいいかなって思う。ありさもそう言っていたし、私はそれでいいんだ。


 最近、ひかりはますます元気がない。委員会や部活がない日にも学校に残って、下校時刻ギリギリまで図書室で本を読んでいる。私が「どうしたの?」って聞くと、何か言いたそうな顔をするけど、やっぱり何も教えてくれない。どうして教えてくれないんだろう? いつか教えてくれるんだろうか。

 やっぱり、転校生のことで悩んでるのかな、と私は思う。

 ありさやほかの子たちが守っているから、初日以来、転校生はひかりに声をかけてもいないみたい。それでいいと思う。相変わらず彼女に対する「しつけ」は続いている。それでも学校に来るなんてやっぱりしぶといなと思っていたら、今日はずぶぬれになった体操着が机の中にぐちゃぐちゃに詰められているのを見つけて、その辺に座り込んで泣いちゃったらしい。ようやく自分が歓迎されてないってことがわかったのかもしれない。これでひかりの目の届くところにあの子が現れなくなったら、ひかりは元気になるんじゃないかと思う。

 それでいい。ひかりがいいのならそれで。


「ひかり! ひさしぶり」

「高田さん、ひさしぶり」

 図書当番は相変わらず週一だからひさしぶりでも何でもないけど、私にとっては待ち遠しい日なので、ついつい「ひさしぶり」と言ってしまう。ひかりも合わせてくれるけれど、相変わらず私のことを「高田さん」と呼ぶ。「瑞希」とは呼ばない。まぁ、ひかりがいいならそれでいいか。

 ひかりは四月よりも髪が伸びて、後ろでひとつにしばるようになった。元がかわいいから、それもよく似合っている。でも、元気がないのは相変わらずだ。私が相談に乗ってあげられればなぁ。でも、無理に聞き出すのはやっぱりよくない。ひかりも前みたいに色々話してくれなくなった。さびしい。でも、きっと私にも話せないようなことなんだ。

 図書室に来る子が増えたから、ふだん貸出カウンターは忙しい。でもその日の放課後は不思議と静かだった。こういう日はどういうわけか、たまにある。

「お母さんが言ってたけど、不思議とお客さんが途切れるタイミングとか、逆にすっごく混むときとか、あるんだって。特に何って理由があるわけじゃなくても」

 ひかりがそう言った。

 ひかりのお母さんは、ありさのお母さんがやってるカフェで働いているらしい。片腕だから重いものは運べないし、できない仕事もあるけれど、ありさのお母さんはそれでかまわないらしい。やっぱりひかりのお母さんだし、いるだけでお客さんが来たくなるような、すてきな人なんだと思う。

「そういえば、ひかりのお母さんってどんな人?」

 気になって聞いてみると、ひかりはちょっと困ったみたいに笑った。

「うーん……なんか、よくわかんないかも」

「そうなの?」

「うん、何ていうかな……昔はすごくこわかった。すぐに怒ったり泣いたりする人だったの。お父さんともずっと仲が悪くてね――」

 そうだったんだ。ひかりの家族だからきっと優しくていい人なんだろうなと思ったのに、意外だ。そういえばひかりの親って離婚したんだっけ。だったら仲が悪かったというのは本当のことなのかもしれない。

 ひかりは何かじっと考えていたけれど、「お父さん、今家にいるの」とぽつりと言った。

「そうなの?」

「うん。実はお母さんと再婚したの。わたし、名字は変わってないから、みんなには言ってなかったんだけど」

「そうなんだ! じゃあ、よかったじゃん」

 再婚したってことは、きっと仲良くなったってことだよね? でも、ひかりは全然うれしそうじゃない顔で、

「何でかな……昔はけんかばっかりしてたのに。お父さん、家に帰ってこなくなって、遠くで勝手に別の女の人と暮らし始めて――」

 そうか。そうだった。ひかりが前言ってたじゃないか。お父さんが新しい家族と歩いているのを見たって。その「新しい家族」はどうなったんだろう?

「いっぱい揉め事があって、お母さん、ボロボロになって離婚したはずだったの」

 みたいな話はもう、ありさちゃんは知ってるはずだから話すんだけどね、と前置きして、一気にひかりの口から言葉がもれてくる。

「離婚した後も、お父さんが養育費払わないってよく電話でどなり合ってた。お父さんもひどかったよ。子供が産まれたから金がいるんだって、お前らに恵んでやる金はないって、電話で。でも戻ってきたの。再婚したの。なんでかわかる? お父さんの新しい奥さんと子供、死んじゃったんだって。ひかり、お父さんが間違ってたよ。ごめんねって言いながら、にこにこしながら家に来たんだよ。信じられる? あんなこと言ってたのに、奥さんと子供が死んじゃったばかりなのに、普通戻ってくる? お母さんも変なの。あんなに怒ってばかりいたのに急にどんどん優しくなって、ずっとにこにこしてて、お父さんが戻ってきたときもすごくうれしそうだったの。前だったら絶対どなってたのに。おかしいの。ありさちゃんが――」

 わ、とひかりが声をあげて、固まった。

 私もひかりと同じ方向を見て、同じように固まった。

 それはほんの一瞬の出来事だったはずなのに、まるでスローモーションみたいにゆっくりゆっくり見えた。目の前にある大きな窓の外を、逆さまになった女の子が落ちていった。私たちと同じ制服を着ていた。

 その子は私たちの方を見ていた。きっと私たちを見ていたんだと、その時は思った。目があった。そのとき、その子があの転校生だということに、私は気づいた。

 ズン、ともドンとも言えない音がして、遠くから悲鳴があがるのを、私は悪い夢を見ているような気持ちで聞いていた。

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