晩秋-06
「えっ、じゃあお師匠さんの娘さんと? その、普通にお付き合いしてたとかじゃなく?」
いつの間にかソファに座らされ、加賀美さんに話を聞かされていた私は、思わず声をあげた。
「そうなのよ神谷さん! 終いにホテルから出てくるところを興信所に見つかってねぇ」
「いやその、もう離婚したって言ってたし、その」
「えっ、婚姻期間中だったんですか? それはさすがに……」
「いやホント、それ知ってたらやらないんですよ! ……でもスミマセン」
シロさんは私にまで頭を下げ始め、霊能者は聖職者とは限らないのだということを、私は身を以て知った。
いやでも、師匠から破門されたんだったら、もう少しもっともらしい理由がほしかった気がする。よりにもよってそんな、「師匠の娘との肉体関係がばれた」なんて。そんな思いっきり俗に寄せてこなくてもいいじゃないかと思うのだが。
テーブルの向こうではシロさんがまだ頭を下げているが、俯きながら、
「加賀美さんはなんでまだ二回しか会ってない人に、速攻でこういうこと話しちゃうんですかねぇ……」
と唸った。
「だってこんなきれいなお嬢さんを近くに置いといたら、ねぇ」
「そんな見境なくないですよ!」
「あんたが言えた筋合いですか! それにこれ、神谷さんとまるで関係がない話でもないじゃないの」
加賀美さんが言った。
「私とも関係がある話って、どういうことですか?」
「はいはいはい、加賀美さんはちょっと静かにして! えーと、まず神谷さん、突然お呼びだてしてすみませんでした。前回お断りしたのにも理由がありまして」
シロさんは夏に私の依頼を断った理由を、改めて説明してくれた。何度も言うようだが、要するに彼では歯が立たない、というわけだ。
「それなら、どうして急に引き受けてくださることになったんですか?」
「引き受けるというか、ご協力を願いたいんです。実は、先般亡くなったボクの師匠から、ボクに遺言がありまして」
シロさんはローテーブルの下の収納ケースから、一本のカセットテープを取り出した。
「まぁ簡単に言うと、あるものの始末をよろしく頼むという内容です。それが神谷さんの件に関係がある。だからお話を伺いたいんです。その代わり、もし神谷さんがお姉様と甥御さんの死について知りたいと仰るなら、ある程度背景をお教えできると思います」
「あのぅ、ちょっと待ってください」
私は一旦彼の話を制した。
「それは嬉しいんですけど、どうしてシロさんのお師匠さんが、私のことをご存知なんですか? あまつさえ『よろしく頼む』とか……」
「はい」
加賀美さんが、私の隣の席でさっと手を挙げた。会議中に発言権を乞う体だ。
「それはあたしから、そのお師匠さんにお話しさせていただきました。もう三年も前にね」
三年前といえば、加賀美さんが晴香たちを助けてくれたときだ。
「勝手によそに話してごめんなさいね。あのときあたしは、実咲さんのご両親から晴香さんの事情を聞きました。そのときに前妻さんの名前もお伺いして、まさかと思ったのよ。あたしと詠一郎さん、一応前から名前くらいは知ってる仲でしたからね」
「そもそも、お姉さんたちに憑いていたのが『きょう』だとわかった時点で、身内を疑ってはいたんですよ」
シロさんがまた割って入った。「あれは人の手で作ったものだから。作る方法を知ってるってことは、よみごか、よみごにかなり
シロさんはテーブルの向こうで、猫背になっていた姿勢を一旦正した。
「ボクの師匠の名前は
「はい?」
異口同音に声をあげたのは、私と黒木さんだった。
「そういうことです」
「そういうことって志朗さん、あれでしょ? 森宮歌枝さんってさっき加賀美さんが言ってた、破門の原因というかその」
黒木さんが問いただす。シロさんがうなずく。
「そうです」
黒木さんはうなだれて大きなため息をついた。
「ほんとに過去のセフレと揉めることになるとは……」
「ボクもこの揉め方は想定外じゃ」
不穏だ。今までとは違う感じに不穏だ。大丈夫なのだろうか。シロさんを頼っても。
「まぁその、破門の事情はともかく」
「事情っていうか、痴情よね?」
「加賀美さんは黙って!」
「あの、失礼なんですけど!」私は小学生の頃のように手をピンと伸ばして挙げ、ふたりの話に割って入った。
「急に私の話を聞く気になったということは、勝算があるってことですよね?」
「そりゃ、師匠に頼まれたというだけではお引き受けしません。ボクは強いよみごではないので」
「師匠の恩義に殉ずるとかいう話ではないわけね」
と、加賀美さんがまた口を挟む。
「もちろんです。殉ずるなんて縁起でもない」
シロさんはそう言うと、テーブルの下から風呂敷包みを取り出して、よく磨かれた天板の上に置いた。
「シロさん、それ……」
加賀美さんの顔から笑みが消える。
「師匠からもらったんだから、いいでしょ。神谷さん、これが勝算です。前回はなかった秘密兵器です」
そう言った全盲のはずのシロさんの顔は、私の方をぴたりと向いていた。
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