図書委員の森宮さん
一学期-01
森宮さん、こわい話好きなの? って声をかけた一瞬あと、私は(なんでこんな、いきなり話しかけちゃったんだろう)と後悔した。
四月から私たちは中学生になった。同じ市内の西小学校と東小学校の子たちが同じ中学校に入学するから、同学年なのによく知らない子がたくさんいる。森宮ひかりさんもそのひとりだった。
私は東小で森宮さんは西小。だから小学校のころ森宮さんがどんな子だったかなんて知らないけど、それでも人気者だってことは、入学してすぐにわかった。
なんていうか、「みんなのお姫さま」みたいな感じだと思った。森宮さん自身、ほっそりしていて顔立ちが整っててきれいな子だけど、とにかくみんながこの子を大事にしてるって感じがする。西小から来たみんなが森宮さんに優しいし、いやなことから守ろうとしていることがわかるのだ。だから森宮さん、ちょっと近寄りがたいねって、同じ東小出身の子と話したりしていた。
ところがクラス内での役割が決まって委員会活動が始まってみると、一組の図書委員は私で、二組は森宮さん。図書委員には昼休みや放課後に貸出当番があって、週に一回か、多くて二回だけど、これがかぶるのだ。だから自然と顔をあわせる機会ができた。
それでもまだそんなに仲がいいわけじゃなかったけど、そういうことのきっかけって、本当にちょっとしたことだったりするのだ。
その日私と森宮さんは、読書週間にむけて紹介コーナーの本を選ばされていた。誰が決めたか知らないけど、「新入生が選んだ本」っていうしばりの棚があったのだ。
森宮さんはどんなのを選ぶんだろうと思っていたら、いきなり怪談系の本を何冊も持ってきたので、私はおどろいてしまった。かわいくて大人しそうな外見とのギャップがあまりに激しい。で、思わず口から出たのが「森宮さん、こわい話好きなの?」だった。
お姫さまに対していきなりなれなれしかったかな、と緊張していたら、森宮さんは大きな目をおどろいたみたいに何度かぱちぱちさせてから、「うん」と答えて笑った。おお、かわいい。たしかに守ってあげたい系の子かもしれない。
「私も好きだよ、こういうの」
そう言うと、森宮さんはうれしそうに「そうなんだ。高田さんだよね? どんなのが好きなの?」と返してくれた。
棚を飾りつける色紙をチョキチョキ切りながら、私たちはふたりで本の話をした。一口にホラーと言っても色々で、私が好きなのはダークファンタジー系のものだけど、森宮さんは実話系が好きらしい。好みはちょっとちがうけれど、森宮さんと話すのは楽しかった。時間がどんどん経ってしまう。
「高田さんて、東小からだよね」
森宮さんが言う。「だからちょっと、ほっとするかも。西小の子たちって、わたしにすごく気をつかってくれるんだよね。別に悪いことじゃないんだけど、なんかね……」
森宮さん、自分のお姫さま扱いをそんな風に思ってたんだ。なるほど、大切にされ過ぎるときゅうくつなものかもしれない。森宮さんがお姫さまなら、私はお姫さまを外に連れ出す下町の娘あたりだな。おお、いい役どころじゃないの? なんて妄想しているうちに下校時刻がせまって、委員会も今日のところは解散ということになった。
私と森宮さんが図書室を出て昇降口に行くと、入り口の近くにだれかが立っていた。
「ひかり! 委員会終わった?」
椿さんだ。森宮さんと一番仲良しで、いつも一緒にいる女の子。
椿さんもやっぱり西小出身だけど、有名人だから私も顔くらいは知っている。ぱっと目立つ感じの美人さんで、なんでもできる優等生らしい。私なんかとは住む世界がちがうって感じで、実際ろくにしゃべったことすらなかった。
椿さんは私を見て、「だれ?」って感じの、ちょっと怪訝そうな顔をする。さてはこの子がお姫さまのお守り役だな、などと考えてしまう私は、ちょっと異世界ファンタジーものに影響されすぎかもしれない。
「一組の高田さん。図書委員会でいっしょだったの」
「あ、そうなんだ。よろしくねー」
椿さんは私にむかってにっこり笑う。カンペキな笑顔だ。アイドルみたい。
「ふたりで何話してたの?」
「本の話。わたしも高田さんも、こわい話が好きだから」
「そうなんだ! あたしも好きー。今度高田さんのおすすめも聞いていい? 今日はもう下校時刻だから帰らなきゃだけど。ひかり、いっしょに帰ろう!」
椿さんは一気にしゃべって、私から森宮さんを連れ去ってしまう。なんだか「この子のことを一番好きなのはあたし!」っていう感じがする。
でも帰り際に私に向けて「またね!」と笑った椿さんは、やっぱりめちゃくちゃかわいい。だからヨシ、ということにして、私も家に帰った。
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