一学期-02

「あー、森宮ひかりさんか。知ってる知ってる」

 私に彼女のことを教えてくれたのは、県内の大学に通う従姉だった。ボランティア活動の一環で、西小の学童保育の手伝いをしているのだ。逆に言えば、学校とその程度の関わりしかもっていない従姉ですら、知っているような子だったということだ。

「人気者だったからねぇ。なんていうか、この子を笑わせたいとか、喜ばせたいって気持ちになるんだよね。あれが魔性ってやつなのかな~」

 マショウとな。清純派の森宮さんには似合わない言葉のような気がするけど、まぁでも、人をめちゃくちゃ惹きつけるっていうことなら、たしかに魔性なのかもしれない。

「そんなにすごかったんだ」

「まぁね。卒業しちゃうときなんか、私たちまで泣いたもん。ひかりに会えなくなるの寂しい~! って言って。でも不思議だよね。いざ卒業して顔を見なくなったら、熱みたいなのがスーッとひいちゃった。今はたまに話に出るくらいかなぁ。なーに? 瑞希みずき、森宮さんと仲良くなったの?」

「特別仲いいってほどじゃないけど、図書委員でよくいっしょになるから。たしかにかわいいよね」

「そうそう。かわいいっていえば、いつも一緒にいた椿さんて子の方が目立つ感じの子だったけどね。その子も同じ学年でしょ?」

「うん」

 そうか、その頃から椿さんは森宮さんにべったりだったんだな。ずっと前から仲良しだったんだろうか? なんだか、ふたりのことが妙に気になってしまう。

「図書委員ねぇ。たしかに森宮さん、本好きだったかも」そう言って従姉は手を叩いた。「ああそうそう、こわい話が好きだった! 森宮さんが好きだっていうからみんなも図書室でホラーっぽいの借りるようになって、こわい話ブームみたいになってたことがあったよ」

「へぇ、すごいね……」

「ねー。なんか聞いた話だけど、森宮さんちって片親で、お母さんしかいないんだって。で、そのお母さんも昔大怪我して働いたりするのが大変だから、それで『みんなで守らなきゃ!』みたいな感じになったのかなって」

「ふーん」

 従姉の話を聞きながら、そういうの、森宮さん的にはどうなのかなと考えた。みんなに同情されて大事にされるって、自分がされたらありがたくはあるけど、ちょっとモヤモヤしてしまいそうな気もする。仲のいい子だけじゃなく、よく知らない子にまで優しくされるって、なんだかきゅうくつそうで、いいことばかりじゃない気がする。

 森宮さんにどういう苦労があるのかわからないけど、私が彼女にしてあげられることは少ない。図書室で会ったらふつうに話すことくらいだ。森宮さんはスマホとかも持っていないから、直接会って話すしかない。

 森宮さんは、相変わらず私としゃべっているとほっとするらしい。

「西小の子たち、わたしにすごく気をつかうんだよね。だから高田さんと話すの、楽しい」

 中学校はみんな何かしら部活に入らないとならないから、森宮さんは「本が読めそう」という理由で文芸部に入部したそうだ。そしたらそれまで人気のなかった文芸部に新入部員が押しよせて、ゆっくり本を読むどころではないらしい。卓球部の私は体育館で活動しているから、そんな騒ぎになっていたなんて知らなかった。

 なるほど、お姫さまにも悩みがあるんだなぁ、なんて考えつつ、名指しで「話すの楽しい」なんて言われるとうれしくなってしまう。ニヤニヤしているのがばれないように、私はちょっと顔をそらす。


 森宮さんのようすがおかしいなと思ったのは、確かゴールデンウィークが明けた後だった。普段どおりにふるまっているようだけど、ふとした時になんだかこわい顔をしている。くちびるをぎゅっと噛んで、まゆをしかめて、ひどく怒っているような顔なのだ。

 あの優しい森宮さんが、どうしてこんな顔をしなきゃならないんだろう? 気にはなったけれど、直接本人に聞く勇気はなかった。私、そんなこと聞くほど森宮さんと親しかったっけ……? とか考え出すと、つい二の足を踏んでしまうのだ。

 でも気になるよな、と思っていた頃のことだった。森宮さんに突然「高田さんに頼みがあるんだけど」と言われたのは。

「あの、本当に変なことを頼みたいんだけど……無理ならいいんだ、無理しないで」

 そんなことを言ってもじもじする森宮さんはやっぱりかわいい。このところ心配していたことも相まって、なるべくその「変な頼み」とやらを聞いてあげたくなってしまう。

「頼みって、どんな頼み?」

 私が聞くと、森宮さんはちょっとうつむきながら、

「あの……椿さんと話さないようにすることって、できないかな?」

 と言った。

「へ?」

 私は思わずばかみたいな声を上げてしまった。なんのことやらと思ったけれど、森宮さんはとても真剣な顔をしていて、冗談を言っているようには見えなかった。

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