一学期-03

「――椿さんって、あの椿さん? 一組の」

 私が聞くと、森宮さんは「そうそう」と言って何度もうなずいた。

「森宮さんとよく一緒にいる?」

「うん」

「美人で何でもできちゃう椿さん?」

「うん、そう」

 森宮さんたら、おかしなことを言うものだ。

 まぁ、頼まれごと自体は別にむずかしくないと思う。あのいかにもスクールカースト上位みたいな椿さんと、私が仲良くなる機会なんてそんなにないだろうし(自分で言ってて情けないような気もするけど)、クラスも違う。部活もかぶっていない。「椿さんと仲良くなって」ならむずかしいけれど、「話さないようにして」ならたぶん簡単だ。

 でも、森宮さんはどうしてこんなことを私に頼むんだろう?

 不思議に思っていたのが顔に出ていたのだろう、森宮さんは「あの、高田さんが別に何かしたとか、そういうわけじゃないの」と慌てて言った。

「ありさちゃん――椿さんって、わたしにすごく優しいのね。でもそれだけじゃなくて、ほかの子にも『ひかりに優しくして』って言ってるような気がするの。みんながわたしに優しいのって、椿さんの影響じゃないかと思って。高田さんは東小の子で、そういう感じじゃないから、そのままでいてほしいなと思って……」

 なるほど。森宮さんは、自分の人気は椿さんのカリスマのせいだと思っているらしい。よくわからないけど、ああいう目立つ子に影響を受けちゃうっていうのは、結構ある話なのかもしれない。森宮さんがあえてこういう風に言うってことは、実際何か心当たりがあるのかもしれないし……。

 まぁ椿さんの影響がなくても私は森宮さんにはすでに優しいんだけどな――なんて思いつつ、そんなに悪い気はしない。彼女が折り入って私に頼みごとをしてきたこと、そしてそれを叶えてあげられそうだってことが、私にはうれしい。

「いいよ。そもそも椿さんと話す機会とか、ほとんどなさそうだし」

「ほんと? ありがとう! ごめんね、変なこと頼んで」

「いやいや」

 とすると、森宮さんがときどきこわい顔をしているのは、椿さんのせいなんだろうか? それもなんだか違う気がする。だって椿さんは前からずっと森宮さんといっしょにいるわけだし、タイミングが合わない――気にはなったけど、やっぱり森宮さんには聞けなかった。そこまで踏み込んでしまうと、逆に嫌われてしまうような気がしたからだ。


 そういうわけで私は森宮さんに事情も聞かずに、とりあえず椿さんを避けるようになった。

 思ったとおり、あえて避けたりしなくても特に関わる理由がない。ただ、あんな風にお願いされてしまうと、前よりも椿さんのことがかえって気になってしまう。ついでにふたりと同じクラスになった、東小出身の子たちのことも。

 入学してひと月と少しが経ったけれど、森宮さんは小学校のころと変わらず、「みんなのお姫さま」みたいな感じになっているらしい。うわさが耳に入ってくるし、一組になった子たちは何だか前と感じが違う。

 おかしいな、と思ったのは、前からよく「ホラーが苦手」と言っていた子が、図書室に本を借りにきたときだ。カウンターごしに私に向かって差し出したのは、森宮さんが好きそうな怪談の本だった。

「あれ? そういうの、苦手じゃなかったっけ?」

 例によって図書委員会の当番をしていた私は、その本の表紙を見て、思わずそうたずねてしまった。その子はちょっと困ったように笑った。

「そうなんだけど、森宮さんがこわい話好きだっていうから……共通の話題とかほしいかなって思って」

 かわいいんだよね、森宮さん。

 そう言ってその子は、掲示板の方にいる森宮さんの方を見た。つま先立ちになって、今月の「図書だより」を貼っている。それを眺めるその子の目が、なんだかやけにキラキラしていた。

 どうしてか、その様子を見ていた私は急にゾッとしてしまい、さっさと貸出手続きをすませると、その子に本を渡した。

「ありがとう。当番おつかれー」

 そう言って図書室を出て行く彼女を見送りながら、私はふと「おかしい」と呟いていた。

 何が? と言われるとよくわからなくなるけれど、何かがおかしい。

 そんな気がしてしかたがなかった。

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