晩秋-02
駅からはタクシーに乗った。車窓の外を知らない景色が流れていく。いわゆるベッドタウンというのだろうか、住宅地に食品専門のスーパーや大型のショッピングセンター、それに学校の建物が目につく。
森宮歌枝は市営住宅に住んでいるらしい。この場所を教えてくれたとき、義兄は異様に明るい様子だった。イラッときたけど、それ以上に違和感が大きかった。
晴香と翔馬が亡くなってから、義兄はなぜかぞっとするほど明るく、そして妙に優しくなった気がする。理由はわからない。わからないのがいやだった。
何にせよ、私はもって回ったことは苦手だ。だからこうやって何の捻りもなく、森宮歌枝の家にやってきた。彼女と本気で対決をするつもりだった。
このときまでは。
「いらっしゃい。あなたがご連絡くださった神谷さん?」
廊下の奥から出てきた森宮歌枝本人を見て、私は情けないほど気抜けしてしまった。
自分の中の「人を呪ったことのある女」というイメージが、ぐずぐずと崩れ去っていく。まさか白装束に五寸釘とカナヅチを持って出てくるとまでは思わなかったが、これほど朗らかな女性とは想像してもみなかったのだ。
なにしろ「綺麗な人だな」というのが第一印象だった。背が高くほっそりとして、声は高く澄んでいる。秋らしい黄色のカーディガンに紺色のTシャツ、同系色のワイドパンツがすらりとした体型によく似合った。確か年齢は三十代後半だったはずだが、それよりもずっと若く見える。
森宮が歩くと、カーディガンの左の袖がつられてひらひらと動いた。彼女には左腕がないのだ。以前事故で失ったのだと聞いた覚えがある。そのことを私に教えてくれたのは義兄だったか、それとも晴香だったろうか。それは覚えていない。
玄関には男物の靴が置かれており、私はここに義兄が出入りしていることを確信した。ほかには茶色のパンプスと、パステルカラーのスニーカーが並んでいる。パンプスはともかく、このスニーカーは彼女の雰囲気に合わないな、とふと思った。
通されたリビングもすっきりと片付いており、全体的なトーンが明るい。建物自体は古いが、掃除が行き届いた居心地のよさそうな部屋だった。座卓の前に置かれた座布団に、勧められるままに座っていると、「コーヒーと紅茶、どちらにします?」とキッチンから声をかけられた。
戦うつもりでやってきたから、もちろん手土産など持っていない。でも、やっぱりケーキでも買ってくればよかったかもしれない――謎の後悔をしながら、私はとりあえず「コーヒーでお願いします」と答えた。ここでつっかかるのもおかしい、と思った。
でも、変だ。
そもそも、森宮歌枝は私のことをどこまで知っているのだろうか? かつて自分の夫を奪った女(姉のことを彼女はそう思っていたことだろう)の妹だということを承知の上でこの態度をとっているとすれば、強かを通り越していっそ不気味だ。
考え込んでいる間に、森宮は片手でてきぱきと作業をこなし、私の前に紅茶と皿に盛られたクッキーを運んできた。
「あの、おかまいなく……」
「いいえ、遠慮なさらないで」
ニコニコと微笑んでいる彼女を見ながら、私はだんだん自分に自信がなくなっていく。
「あの、私、神谷実咲と申します。森宮歌枝さんで間違いないでしょうか」
「はい。森宮歌枝です」
「はぁ……あの、私の姉が神谷晴香でして、その――昌行さんの妻だったもので」
「じゃあ、あの人の義理の妹さんだったんですね」
「あっ、はい、そう。そうです」
やっぱりわかっているじゃないか。
どうしよう。ここまで来ておいて、今更何をすべきかわからなくなってしまうなんてばかみたいだけど、本当にどうしよう。私はただ彼女に一言「私の姉と甥を殺したのはあなたですか?」と聞きたかっただけなのに、なぜこんな風にもてなされているのだろう。
「今日はどうしてこちらに?」
「あの……ええと、義兄がこちらにいると聞いて……一度挨拶でもと……」
「まぁ、ご丁寧にどうも」
やっぱりお土産を買ってくればよかった。なんて、つまらないことばかり気になってしまう。本当にこの女性が晴香と翔馬を呪い殺した張本人なんだろうか? だとすれば、一体どういう神経をしているのだろう?
考えれば考えるほど、単刀直入に話を切り出すことができなくなっていく。
見れば見るほど、森宮歌枝は魅力的な女性に思えた。いつだったか、義兄が彼女のことを悪しざまに罵るのを聞いたことがある。元々別れるつもりだったのに、卑怯な手を使って結婚に持ち込んだのだと。でもこうやって対峙していると、そんな風には見えない。そもそもあんなに詰るくらいなら、どうして義兄はまた、このひとのところに戻っていったのだろう?
私が悶々と考え込んでいると、玄関の方でガチャンと音がした。森宮がそちらを振り返り「おかえり!」と嬉しそうに声をかける。
「あの、どなたか」と言いかけて、私はようやく、彼女と義兄の間に子供がいたことを思い出した。まだ午後の一時過ぎだが、何か行事でもあって早めに下校したのかもしれない。そういえば玄関のスニーカーも、十代の女の子に似合いそうなデザインだった。
「ちょうどよかったわ。神谷さん、この子私の娘なの」
廊下の方から、まだ新しいブレザーを着た中学生くらいの女の子が顔を出した。母親似なのだろう、ほっそりとした体つきの、綺麗な顔立ちの子だ。
「お客さん?」
「そうよ。お父さんの親戚の神谷さん」
紹介された私は、女の子に向かって頭を下げた。女の子もこちらにぺこりとお辞儀を返す。森宮歌枝はそちらを指してこう言った。
「神谷さん、娘のひかりです」
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