一学期-05
「急に来たからびっくりしたでしょ、ごめんね」
椿さんは夏服姿だった。美人だから学校指定の地味なポロシャツもなんだかおしゃれに見える。長い髪をポニーテールにしていて、ほっそりした首がきれいに見えた。
「実はひかりが――あっ、森宮さんが高田さんのこと心配しててさ。自分のせいで迷惑かけてないかって。二組の子に聞いたんだけど、いじめっていうか、色々されてたんでしょ? クラス違うから、あたし全然気づかなかったんだ。ほんと、ごめんね」
椿さんがあやまることじゃないのに……ていうか、派手な子だからちょっと警戒していたけど、椿さんはとても気さくで優しそうだ。私の目をじっと見つめて話すので、ついつい顔を見返してしまう。かわいい。
でもかわいいだけじゃなくて、なんだか不思議な子だ。見ているだけですーっと心を奪われそうな目をしている。さっきだって外からちょっと声をかけられただけなのに、親しくもなかった椿さんをあっさり部屋に入れてしまった。どうしてだろう。
「ていうかハラたつよね! 高田さん、なんにも悪いことしてないのにさ」
きれいな顔をゆがめて、椿さんはまるで自分のことみたいに怒りだす。
「今度ヘンなことしてる奴見かけたら、あたしが一言言っとくからね! まかせて。声と態度はでかいし、やられたらやり返すタイプだから。へへへ」
「そんな、悪いよ……でも助かる。ありがとう」
「いいのいいの! だってひかりが心配してるもん」
ひかりが、というところが妙に強調されているような気がして、私はつい、「椿さん、森宮さんとすごく仲いいよね」と言ってしまう。それに、椿さんは花が咲くような笑顔で応えた。
「うん! あたし、ひかりのこと大好きなの!」
椿さんは明るくて話上手で、気がつくと私はすっかり話し込んでしまっていた。連絡先まで交換してしまい、私は心の中で(森宮さん、ごめん!)と謝りながらも、やっぱり椿さんとコンタクトがとれた方が頼もしいなと思う。またいやがらせを受けたときに相談しやすいからだ。だんぜん心強い。
「よかったらあたしのこと、椿さんじゃなくてありさって呼んでよ。あたしも今度から高田さんじゃなくて、瑞希って呼ぶから」
そう言われて「わかった」と答えてしまったから、今度からは椿さんのことを「ありさ」って呼ばないとならない。森宮さんにはますます悪いけど、そもそも「可能な限り」っていう約束だったんだから、たぶん許してもらえるだろう。
次の朝、家族に心配されながらも登校すると、ウソみたいにいやがらせはなくなっていた。机には何も置かれていないし、持ち物も隠されたり、捨てられたりしていない。
元々仲のよかった子たちが謝ってきた。一組の子に脅されて、私を無視しなきゃならなかったのだという。正直全然スッキリしないけど、私だってだれかに脅されたら、こわくて言うことを聞いてしまうかもしれない。結局みんなを責めるのはやめて、普段どおりの学校生活に戻ることにした。これ以上面倒なことになりたくなかったし、とにかくいやがらせはなくなったのだ。
それにしても椿さん、いつの間に根回ししてくれたんだろう? 急になにもかもが自然に元通りになるなんてさすがにおかしいから、きっと椿さんが何かしてくれたに違いないのだ――いや、椿さんじゃなくて「ありさ」か。
その日はちょうど図書委員の当番があって、昼休みに図書室に行くと、森宮さんが私を待っていた。
「高田さん、大丈夫? 色々あったんだよね? ごめんね、迷惑かけて」
なんて、森宮さんは全然悪くないのに、私に謝ってくれる。
「実はちょっと悩みっていうか、ショックなことがあって。そのことを考えてると、時々ボーッとしちゃうの」
私へのいじめに気付かなかったことが、森宮さん的には申し訳ないのだろう。これまで話してくれなかった悩みを打ち明けてくれた。
「わたしの家、両親が離婚してるの。遠いところに住んでたはずなんだけど、もしかするとお父さんたちが引っ越したのかな……こないだ、駅前で顔見ちゃったんだよね。新しい家族と歩いてて。ちっちゃい子がいて、なんかすごく楽しそうに見えちゃって」
そんなことがあったんだったら、確かにすごくショックだと思う。自分の親が別の家族を作って、その人たちと楽しく過ごしているなんて――目の当たりにしてしまったらどんな気持ちになるか、私には想像もつかない。
なるほど、森宮さんも大変だったんだな、と思う。もちろんハナから怒ってなんかいないけれど、私が困っているのに全然気づかなかったことも納得がいく。むしろ、森宮さんの方がもっと苦しい思いをしていたんだ。
「こんなことだれにも言えないからずっと黙ってたんだけど、高田さんに話したらちょっとスッキリしちゃった」
そう言って森宮さんは笑った。
「あ、でも誰にも言わないでね! 特に椿さんには内緒にして。椿さんに気づかれると、ちょっとね……わたしのこと、すごく心配する子だから」
確かに、ありさって森宮さんのことになると過保護になる。「わかった、誰にも言わない」と約束しながら、私は森宮さんとの約束を守れなかったことを、心の中でこっそり謝った。ありさと仲良くなってしまったことは、そのうちきちんと打ち明けよう。
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