四年二組-03
国語の教科書がなくなったことを先生に相談したからか、そのあと、持ちものがなくなることはなかった。
それだけじゃなくて、机もひっくり返らなくなったし、くつを捨てられたりすることもなくなった。先生がみんなに注意したりして、ちょっとおおごとみたいになってしまったから、「幽霊」も気をつけることにしたんだと思う。
「幽霊」だってそのうち私立の中学校を受験したりするかもしれないし、いたずらやどろぼうをしたことがばれたりしたら、さすがにまずいんだと思う。ありさちゃんの、そしてクラスのみんなの顔を見るたび、わたしはそんなふうに考える。
わたしはこわい話がすきになったふりをして、図書室でこわい本を借りたりするようになった。いたずらはなくなったけど、また「幽霊」を怒らせるとめんどくさい。お母さんが怒るから、こわいテレビや動画は見られないけど。
こわい話の本も、物語としてはおもしろかったりして、今までは食わずぎらいだったんだな、とわたしは知る。たまにクスッと笑えるような話もあって、こわがらせるばかりじゃないんだということもわかる。
わたしに話しかけてくる子はだれもいないから、わたしは図書室の本を教室で読んでいるだけで、だれかと感想を言いあったりはしない。でも、それでいい。
いっしょに遊ぶ子がいなくて休み時間はひまなので、わたしは図書室にあるこわい本をほとんどぜんぶ読んでしまった。
でも、ナイナイみたいなおばけの話はみつからない。
ナイナイは本当におばけなんだろうか? 幽霊? 妖怪? それとも妖精? そもそもどう違うんだろう? わたしはナイナイとなかよしのつもりだけど、ナイナイのことをまだ何も知らない。
でもきっとナイナイは、ほかのだれよりもわたしのことをよく知っている。わたしはナイナイの前では無理しないし、うそもつかない。そんな相手はナイナイだけだ。
テストで、たまたま私の成績がありさちゃんの成績を抜いてしまった。一度だけ、一教科だけ、たまたま、まぐれだ。それでもなんかありさちゃんは納得できないというか、すごくいやな気持ちになったらしい。
その次の日に教室にいくと、ひさしぶりにわたしの机がひっくり返っていて、おまけに引き出しのうらに「死ね」とマジックで書かれていて、ああすごくいやだなぁと思う。
また「幽霊」が出るようになったんだ。わたしは「幽霊」のことなんか、ちっとも気にしていないのに。
「ひかりちゃん、どうしたの? 片付け手伝おうか?」
とりあえず「死ね」は放っておいて机の向きを直していると、ありさちゃんがにこにこしながら話しかけてきた。わたしに話しかけてくるなんて何日ぶりだろう。
「だいじょうぶ」
「え~? ほんとに? また幽霊かもよ?」
「つまんないいたずらしかできない幽霊だから大丈夫」
わたしがそう言うと、ありさちゃんはちょっと口のはしっこがひきつったような変な笑い方をする。
「えーっ、そう? 勝手に机がひっくり返ってたら、こわいけどなぁ」
「そしたらまたもどせばいいし」
「そういえばなくなった教科書、みつかった?」
わたしはありさちゃんの顔を見た。急に胸の中がぐつぐつ煮えるみたいな気持ちになってしまって、こんなときは何ていったらいいのかわからない。ありさちゃんは今日もかわいくて、おしゃれで、耳の上の髪をあみ込んでいて、それはお母さんにやってもらうのかな、とか、全然関係なさそうなことを考えてみる。うちのお母さんは絶対そういうことやってくれるようなひとじゃないんだよ、勝手に髪の毛切られそうになったことならあるけど――なんて言ったらありさちゃんはどんな顔をするだろう。
そんなことを考えていると、わたしの中からだんだん怒りが消えていって、代わりにだんだんかなしくなってきてしまう。
その日はくつに「しね」とマジックで書かれていて、こすっても落ちないので、わたしはそのままそのくつを履いて家に帰った。
たぶんお母さんが見つけるだろうな。「変な汚し方しないで」とか「友だちとうまくやれって言ったのに」とか言って、きっとわたしをしかるんだろうな。
考え事をしながらとぼとぼ歩いていると、なみだが出そうになる。
いっそ、しねって言われてすぐに死ねるんだったらいいのに。
もしも死んでおばけになったら、ナイナイとお話しできるかもしれない。一日中押入れのなかにいたって、もうだれにも怒られないし、学校にもいかなくていいんだ。
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