四年二組-02

 机がひっくり返されたり、持ち物が隠されたりしても、やっぱりこわい話はきらい。

 別に幽霊を信じてないとか、バカにしてるからきらいってわけじゃない。ただ、きらいなものはきらい。

 でも「幽霊」はそれじゃ納得しないらしい。


 とうとう国語の教科書がどこにもなくなって、わたしはとても困ったことになった。

 これまでは「探せば出てくる」だったけれど、本当にどこかに捨てられてしまったらしい。「幽霊」もかくす場所がネタ切れなのかもしれない。くだらない。

 先生に聞いたら「少しの間貸しておいてあげるけど、お母さんに言って新しいのを買いなさい」と言われてしまった。

 そういうの、本当に困る。

 お母さんとちゃんと話をしなきゃならないから、本当に、本当に困る。


 わたしとお母さんは今、ふたりで市営団地に住んでいる。

「夜中に大声を出すのはやめてください」と書かれた紙がはってある掲示板の前をとおって、家のカギをあけると、中でお母さんがテレビに向かってどなっているのが聞こえる。

「いい加減なことばかり言うな!」「おまえみたいなやつのせいで、わたしたちは不幸になったんだ!」

 わたしは耳をふさいでリビングの前を通りすぎる。今は新しい教科書を買う話なんかできない。


 ようやくお母さんと話ができたのは夕ご飯のあとだった。テーブルをはさんで、お母さんはわたしの顔を穴があきそうなくらいじーっと見つめる。

「なんでなくしたの?」

「……だれかに捨てられたみたい」

 わたしがこたえると、お母さんは突然目を大きく開いて立ち上がる。

「なんでそういうことになってるの! まだ友だちができないの? どうしてうまくやれないの? わざわざ引っ越してきたのに!」

 お母さんは教科書をかくしただれかじゃなく、かくされたわたしを大きな声で責める。目と口を大きくひらいた顔がどんどん近くなる。

「ひーちゃん、うちがお金ないのわかってるよね? 教科書なんか何度も買ってあげられないんだからね?」

「わかってる」

「わかってないでしょう! だったらどうしてなくすの!?」

 お母さんは右手でばちーんとテーブルを叩く。

 お母さんには左腕がない。むかし事故で大けがをして、切断しないとならなかったらしい。だから働くのがむずかしい。おまけにお父さんと離婚したばかりだし、これからどうやって生活していくつもりなのか、わたしにもわからない。

 とにかくお金がないのはわたしも知ってる。でも、教科書をなくしたのはわたしのせいじゃない。ほかのだれかが勝手にやったんだから、わたしは悪くない。

 でも、だまって頭を下げているしかない。

「いい? 次はないからね」

 お母さんのお説教が終わると夜の九時をすぎていて、私はこれからお皿を洗ったり、宿題をしたりしなきゃならない。今日がもうほとんど終わりかけているっていうのに、わたしはまだ終わりにできない。

 冷たい水で洗いものをしながら、こわい話がすきって言ったら「幽霊」はわたしの教科書返してくれるかなって、考えごとをした。きらいなものはきらい。でも、お金がかかるのはほんとうに困る。意地なんかはってる場合じゃないのかもしれない。

 でもやっぱり、こわい話なんかきらい。

 どうしてわざわざこわい思いをしなきゃならないのか、全然わからない。そんなことしたって全然たのしくない。

 こわいものなんかその辺にころがっているのに。

 わたしなんか、お母さんといる間はずっとこわがっている。


 洗いものを済ませたわたしは、お母さんに「宿題をする」と伝えて部屋にとじこもった。こう言っておけば、お母さんはしばらく声をかけてこない。

 小さくて古くさい畳の部屋だけど、わたしの部屋。わたしはこの場所が世界で一番すきだ。押入れだってあるし、ナイナイだってここにいる。

「ナイナイ」

 わたしが声をかけると、押入れの中でコトッとかすかな音がする。

 はじめて会ったとき、ナイナイは押入れの中の暗やみが濃くなったみたいなものだった。そこにいるのがぼんやりとわかるだけだったけど、最近は音をたてるし、ちょっぴりならさわることもできる。

 ナイナイが前の家から一緒にきてくれて、よかった。たぶん、段ボールに入ってついてきてくれたのだ。

 わたしは押入れの中に入って、ひざをかかえて座る。なにか暗いものが、そっとわたしによりそう気配がする。


 わたしはこわい話はきらいだけど、幽霊やおばけがきらいなわけじゃない。

 ナイナイのことは、大すきだ。

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