第10話  両手一杯の百合を君に

 ――それから数週間後。

 結局、7年も前の、まだ貴族でもなかったセレスティア毒殺未遂事件について新たな証拠が出てくることはなく、カミルは酒場の代金の踏み倒し等の素行不良を理由に、自宅謹慎のみにとどまった。

 王宮での一悶着の後、教皇は、象徴的存在としては珍しく、同性間の愛に難癖をつける昨今の風潮に苦言を呈し、それはちょっとした波紋を呼んだ。だが、現実社会において女性同士の結婚ができるようになったとか、そういった所にまでは及んでいない。カミルのように、「子が成せない二人の愛などおぞましい」と公言してはばからない輩は大勢いる。

 そう簡単に世間は変わらない。だが、王宮での一連の出来事は実に痛快だったとエリザは笑った。

 半年後の結婚式に向けて、ローゼンブルクとアイゼンシュタインが準備を少しずつ進めている中、今日は、シグムントはエリザに呼ばれてお茶を飲んでいる。

「その後マルグリットとはどうなってます?」

「ん……田舎に帰ってほしくないことは伝えたつもりだ」

「その言い方だと、仕事に支障が出るから帰るなって言いましたね!? 駄目ですよ好きだから帰らないで、ってはっきり言わなきゃ、あの娘ホントに帰っちゃいますよ!!」

 無理強いはしたくないのだが、このままでは本当にマルグリットがエリザの気持ちを何も知らずにローゼンブルク邸を去ってしまいそうで困る。王宮の一件を見るに、セレスティアにはエリザを渡したくない、という気持ちはシグムントにもわかったので、あと一押しという気がするのだが……マルグリットにも話を聞いてみようとシグムントが思案していると、突然エリザが立ち上がった。 

「シグムント殿、花を摘みにいくので少し待っていてくれるか」

「あ、はい」

 シグムントがおとなしく待っていると、ほどなくしてエリザが戻ってきた。その手には、大きな白百合の花束を抱えている。

「え!?本当にお花摘んできたんですか!?」

「いや、これは……貴殿に渡したくて用意した。そのために今日は呼んだんだ」

 そう言ってエリザは見事な白百合の花束をシグムントに差し出した。

「あの、侯爵様、これは………?」

「貴殿は百合が好きなのだろう?」

……どうやらエリザは、シグムントの言う『百合』が何なのかわかっていないらしい。

 薔薇が好きなエリザ・ローゼンブルクが、シグムントの為にわざわざ、百合の花束を用意してくれたと言うのか。

「………くく、ははははは!」

 笑いだしてしまったシグムントにエリザは困惑している。

「侯爵様っておもしろい方ですね」

「そうか……? あまりおもしろいと言われたことはないのだが……」

「いや失礼しました、ありがたくいただきます」

 シグムントが花束を受けとると、エリザはほっとしたようだった。

「いやーしかしこんな立派な花もらったらお返しには何が差し上げたらいいか……」

「……シグムント殿。私はかつてアダム王太子と婚約していたころ、このように面と向かって贈り物を渡すと言うことが無かった」

「……はい?」

「今思えば、このようなやり取りですら行おうとしなかった私が婚約者では、王太子も疲れてしまったのだろう……シグムント殿。貴殿とは仮初の夫婦になると言ったが、だからといって、貴殿をないがしろにしたいわけではないのだ。最愛はマルグリットなのは変えられないが、その……できることなら貴殿にとっても心穏やかにいられる家庭を作りたいと思っている」

 アダム王太子と婚約していた頃のエリザはいつも気を張っていて気が休まることが無かった、というマルグリットの言葉を思い出す。

 シグムントにもだんだんわかってきた。エリザ・ローゼンブルクという女傑は、人間関係においては驚くほど不器用なのだ。

「シグムント殿も、こんなにかわいげのない女では嫌になるかもしれないが、何かあれば遠慮なく言ってほしい。まあよそで恋人を作るのは止められないが……」

「えっ? エリザ様はそのままでかわいいと思いますよ?」

 シグムントの言葉にエリザは目を見開く。

「政治的手腕は凄いのにマルグリットには超絶ヘタレなところとか」

「シグムント殿」

「冗談ですよ。こうして僕に心を配ってくださる所とか、エリザ様はそのままで十分素敵な方です。王太子やカミルに言われたことなら、セレスティア妃殿下もおっしゃっていたように、真に受けることはありませんよ。僕は政治方面にはめっぽう弱いのでむしろめちゃくちゃ助かりますし正直頼りにしてます」

 白百合の花束に埋もれそうになりながら、シグムントは笑う。

「エリザ様のおっしゃることはわかります。確かに僕たちは恋愛結婚ではありません。でもだからと言ってわざわざ冷たい家庭にする必要もない。僕だってどうせなら、楽しく暮らしたい。……ですから、これからどうぞよろしくお願い致しますね、エリザ様」

 シグムントの悪意の無い笑顔に、エリザも安心したように笑んだのであった。




※ ※ ※

「では引き続き相談もよろしく頼む……」

「いやホントにマルグリットのこと頑張ってくださいね!?でなきゃ僕が困りますから」

「しかし何故貴殿はそこまで応援してくれるんだ……」

「百合が大好きだからですよ!!」

「????????」



おわり

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逆玉契約結婚!~女主人とメイドの百合を守るため僕が仮りそめの夫になります!~ 藤ともみ @fuji_T0m0m1

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