第9話 最後はやっぱり大団円!次の新刊はどうしましょうか?

 教皇グレゴリオ2世。先代国王(現王太子の祖父)の弟で、政治には直接関わらない象徴的な存在だとされている。しかし、実際の威光は強く、甥っ子の国王も頭が上がらないと言われている。庶民や下級貴族では、聖典で遠くからご尊顔を拝するだけでもありがたい……そんな雲の上の人物が、百合読書会の同志として親しんできた銀鷲卿だというのか?

「え、冗談ですよね?」

 シグムントが尋ねるが、銀鷲卿の後ろにいたクラウスがふるふると首を横に振る。

「僕もさっき知ったんですが、この方、本物の教皇様なんです……」

「嘘ぉ……なんで黙ってたんですか銀鷲卿……」

「だって、教皇だと言ったら仲間に入れてもらえないと思いましたから」

「あっ敬語はやめてください後ろの三人に処されそう」

 事実、今、銀鷲卿、いや、教皇と向き合っているシグムントは、教皇その人よりも背後からの見えない圧が怖くて振り向けない。

「大叔父様……、突然ですね。今日はどうしてこちらへ?」

「友人がアダム王太子に呼ばれたと聞いたので様子を見に来た。……どういう用件だったんです、シグムント殿?」

「はい、ええっと……侯爵様との婚約破棄して王家に仕官したら、百合読書会の罪をおとがめなしにしてやるとか言われて……あの、百合読書会ってそんな怒られるようなことしてましたっけ?」

「いえ、まったく問題ありませんね」

 教皇はきっぱりと言った。

「聖書は同性間の愛情を禁じてはおりません。まあ推奨も特にはしていないのですが……それを取り扱う作品に難癖をつけるのは、聖書を読んでいない無知の輩の言いがかりとしか言えません。文芸活動はそれに反するものも含めて国民の自由だと思い、私が公の場で発言することは控えてきました。……しかし近頃、その難癖が少々目に余るようだ」

 雲行きが怪しくなってきたカミルが、慌てて大きな声をあげる。

「しかし、子を成せない二人の恋愛など、快楽目的の姦淫の罪を冒している罪深き存在とは言えませんでしょうか!そのような淫らなものを奨励するなどおぞましい。私は国家を真に憂いて……」

「ほう、私は妻との間に子宝に恵まれないまま、50年夫婦として寄り添ってきたが、それも罪深く淫らでおぞましいと言うのかね?」

 シグムントは、誰かが誰かの地雷を踏む音を、生まれてはじめてはっきり聞いたような気がした。

「はっ……!?あ、いや……そうそう!この読書会では、女盗賊とシスターが恋に落ちるなどと、反社会的な物語を自作して鑑賞していたと報告があったのです!」

「あ、それ私の作品」

「ホバアアアアアアア!!」

 カミルは悲鳴をあげてその場に倒れてしまった。息をしているのがやっとの状態だ。

「だが、そうだな。身分も年齢も関係なしに集まる百合読書会は実に楽しかったが……ひとつ反省せねばならないことがある。私は作品を愛するのみで、現に女性同士で慕い合っている二人の苦しみを、真に理解しようとしていなかった。架空の物語だからと娯楽の対象にしてしまっていた。……これはひとえに私の不徳によるものだ。教皇として恥ずかしく思う」

 教皇は、平伏しているエリザに歩みより、顔をあげるように促した。

「エリザ・ローゼンブルク侯。あなたを想う女性が外で待っていたようだ。お待たせして申し訳ない。どうぞお入りなさい」

 教皇の言葉にエリザと、そしてシグムントも入り口を振り返った。

「エリザ様……!!」

 教皇に促されて入室し、エリザに急ぎ足で駆けつけてきたのは、マルグリット………と、もう一人いた。

(えっ、誰……!?)

 黒髪を結い上げた、穏やかそうな女性だった。シグムントはドレスに詳しくないが、シンプルながら気品のあるものだと感じる。

「エリザさん……いえ、エリザ・ローゼンブルク殿。お久しぶりです……!」

「……セレスティア王太子妃殿下。ごきげん麗しゅうございます」

 エリザがマルグリットと共に頭を下げる。

(えっ、王太子妃? じゃあエリザ様から婚約者を奪った……!)

 シグムントは一触即発の2人の関係を懸念した……が、王太子妃のほうは本当に嬉しそうに、エリザに近づいた。そして、シグムントの方にもわざわざ振り返って。

「はじめましてシグムント・アイゼンシュタイン殿。私が王太子妃セレスティアです。此度は王太子殿下が呼び立てたようで、苦労をかけました」

「……ははっ、勿体ないお言葉です」

 旧王家の血を引くとはいえ、育ちは平民だと聞いていたが、目の前のセレスティアは生まれながらの王族のような風格があった。

「シグムント殿、エリザ殿。話は途中から聞こえてしまいましたが……殿下とカミルの言うことなど、真に受けなくても大丈夫ですよ。」

「……ん!?セレスティア!?」

 妻の言葉に、王太子が虚をつかれて思わず立ち上がって声をあげた。

「この2人は昔からそう。エリザ殿が自分より優秀だから僻んでいるだけなんです」

 その言葉に倒れていたカミルが、がばっと体を起こして立ち上がる。

「なんだと!セレス、君と王太子を結びつけてやったのはどこの誰だと」

「お黙りなさいっ!」

 セレスティアの一喝に、カミルは渋々黙った。

 セレスティアは改めてエリザに向き直る。先程の嬉しそうな顔とは打って変わって、申し訳なさそうな顔になる。

「エリザ殿、私はずっと貴女に謝らなければならないと思っていました。若き日の私が、身の程もわきまえずに、情熱に任せてアダム殿下との結婚を進めてしまって……王太子妃の座は、私などよりも、貴女にこそふさわしかったはずなのに……誠に申し訳ありませんでした」

「……そんなことはありませんよ。あなたはご立派にやっておられます」

 エリザは微かに笑んだ。その表情からは、セレスティアに対する憎悪だとか、そういった感情はまったく感じられない。

 そういえば、エリザがセレスティアについて語るとき、鈍くさかったとは言っていたが、それ以上に彼女を悪く言うことは無かったのだと、シグムントは思い出す。

「エリザ殿が私達の為に身を引いてアカデミーを退学されたこともずっと気にかかっていたのです。首席だった貴女に、そこまでさせてしまったことが申し訳なく……しかし、貴女にお会いするどころか手紙を出すことさえアダム殿下に禁じられて、歯がゆく思っていました」 

 ……シグムントがエリザから聞いた話と、セレスティアの話の内容が食い違っている。

「身を引いた?……私がセレスティア様毒殺未遂の冤罪をかけられて婚約破棄されたのですが……?」

「え?」

「は?」

 ……気付くと、先程まで平伏していたはずのカミルが忽然と姿を消している。

 ふと、シグムントは応接間の幕が微かに揺れているのを目に止めた。……カミルが、窓から脱走しようとしている。

「あいつ逃げようとしてます!!」

「衛兵、追いなさい! カミルの生死は問いません!!」

「そこまで!?!?」 

「良いんです!!素行不良で近々宰相の家から勘当させるところだったんですから!!」

「生け捕りにするようにしてください、聞きたいことが山ほどある!!」

「それもそうですねエリザ殿!」

 にわかに騒がしくなった応接間の隅で、シグムントはマルグリットにこっそり声をかけた。

「王太子妃殿下とエリザ様って、思っていたほど仲悪くないんですね?」

「ええ、エリザ様は人と馴れ合わない方なので、誤解も多かったんですが、お二人は決して嫌いあってなどはいらっしゃいませんでした」

「実はセレスティアからはずっと相談を受けていたんですが……」

「ぴゃっ!?」

 いきなりシグムントとマルグリットの背後から教皇がぬっと顔を出してきたので、二人は飛び上がった。

「セレスティアはエリザ殿に憧れていて、婚約破棄のゴタゴタで彼女と会えなくなったのを気に病んでいましてね。アダムにエリザ殿との接触を禁じられてからますます思いは募る一方。せめてもう一度会いたい、会って話せるならば、当時のことを謝罪してあわよくば関係を修復しイチャイチャしたいと……」

「ちょ、途中までいい話っぽかったのにイチャイチャしたい!? 王太子妃は、なんていうか既婚者じゃないですか!」

「王や王太子に愛妾がいて良いなら、妃に愛妾がいても良かろうと言ってましてね」

「だいぶ振り切ってますなセレスティア様!!」

「ともかく、彼女の想いを叶えてやりたくて……今日やっとこうして会わせてやることができました。」

 そう、教皇の言った「エリザを想う女性」はマルグリットではなくセレスティアだったのだ。嬉しそうな教皇に、シグムントは沈痛な面持ちになる。

「銀鷲卿、まさか貴殿とカプ違いを巡って争うことになるとは思いませんでした」

「ん……それはどういうことです?」

「僕はエリザ様には長年連れ添ってきた侍女のマルグリットと……あれ?マルグリットは?」

 隣にいたはずのマルグリットが消えており、いつの間にかエリザの隣に移動している。

「エリザ殿、よろしければ来週のお茶会に来ていただけませんか? 邪魔者なしでゆっくりとお話を」

 セレスティアとエリザの間にマルグリットがさっと入る。

「申し訳ありません、妃殿下。エリザ様は非常にお忙しいのでお招きは3か月前には私を通していただきませんと」

「あら、でも今日は来ていただけたではありませんか?」

「今回は緊急を要すると言われたからで、普段からこのような無法が通るとはお思いにならないでいただきとうございます」

「マルグリット、お茶会くらい来週なら……」

 言いかけたエリザに、マルグリットはにっこりと微笑んだ。

「王宮だって近くはないのです。エリザ様も今日はお疲れでしょう、お話が終わったなら失礼致しましょう!」

「エリザ殿、それなら私がローゼンブルク侯爵邸に参ります!」

「妃殿下のお手を煩わせるわけには参りませんので!」

 マルグリットとセレスティアの言い合いに、エリザは困惑して立ち尽くしている。

「……王太子妃相手に引かぬマルグリット、何とかエリザとの予定をねじ込もうとするセレスティア妃!俄然盛り上がって参りましたな! しかし教皇様には悪いですが私はエリザ×マルグリット固定派なので妃殿下の応援はできません」

「むむ……確かにこれは……いや、しかし……あっ。ところで青薔薇卿は……」

 蚊帳の外になっていた青薔薇卿もといクラウスを探すと、彼は涙を流して手を合わせて拝みながら、女性3人のやりとりを見つめている。

「王宮来てよかった~~~眼福です!!」

「思ったより馴染んでて安心しましたよ青薔薇卿」

「いえ、教皇様への畏れ多さは忘れていませんが、それはそれこれはこれ……ちなみに私は特定のカプができあがって1人が悲しむくらいなら3人まとめてイチャイチャしてほしい派です」

「青薔薇卿の節操なし!!」

「でもわかります!!」

 再び結託する百合読書会の仲間たち。

 友人の脱走、何やら自分を差し置いてもめている、妻と元婚約者とその侍女、盛り上がっている、エリザの婚約者と伯爵令息と教皇…………。王太子アダムは頭が痛くなってきた。

「……今日はここまでとする!皆、各々帰るように!もう勝手にしろバーカ!!」

 

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