第22話 人類の定義


 前島兎月をコントロールしているアメリアという個体を観察しているのは霧崎伸二という男だ。彼はPKM舞浜隔離地区の所長であり、人類補完計画を推進する組織の一員でもある。


 そんな彼は、アメリアというAIが前島省吾という適合個体に抱き締められた時に、ふと左右非対称の笑みを浮かべたことを見逃さなかった。


「彼女は演技をしていることに自覚を持っているのだな」


 それに対して、すぐ側にいた看護士姿の女性がこう答える。


「あのAIはいたずら好きという設定が強く反映されています。嘘を吐くことで『喜び』という反応が歪んで表れたのではないでしょうか?」

「思わず出てしまったあのAI固有の癖か。それこそが人間臭いとも言えなくもない」

「ですが博士。工業機械においても固有の癖はあります。めずらしい現象でもないのでは?」

「そうだったな。そうなると、あの前島省吾を騙してその気にさせたという演技力の方を評価した方がいいだろうか?」

「それは嫌味でしょうか?」

「いや、人間と同等の役者であることに素晴らしさを感じているよ。彼女なら、結婚詐欺すら可能じゃないか」

「うふふ。そうですね。けど、あの子の目的は前島省吾との間に子をもうけること。人間のように欲に塗れた嘘ではないですよ」」

「純粋がゆえに、使命には忠実か。一つ間違えばホラーだぞ」

「そもそも彼女に自我があると思われますか?」

「それは私の管轄外の研究だ。はっきり言って興味はない」

「博士には愚問でした。ですが、このような質問は常識を持った人間には有効なのですよ」

「相手を考えさせて迷わせるか。こりゃ面白い」

「話は戻りますが、博士はあのAIの行為をどう思われます。計画は順調に進むと?」

「前島省吾はAIへの欲情を無理矢理制御してしまうことはないだろう。生殖行為に至るのも時間の問題だ」

「ならば、これでやっと次の段階へと計画を進められますね」

「ちなみにだが、現代階でAI同士の生殖行為に成功例は出ているか?」

「いえ。4538組のペアすべてが不妊状態です。行為中が一組いますが……無理そうですね」

「やはり男の側の問題が大きいか」

「博士の提案通り、37案の処置を行っておりますが、射精には至らかったそうです」

「視床下部のコントロールがネックだというのはわかっているのだがな。性欲は単純ではあるが、射精に至る脳内のプロセスは複雑だ」

「それとオーガズム達成時の最大電位も影響しているのではないでしょうか? AIがこれを危険として制御をしてしまっている可能性もあります」

「正常時の100倍近い1000マイクロボルトだから。そもそも通常の脳細胞さえ、オーガズムの度に破壊され、IQも低下するリスクがあるとも言われている」

「博士。顕著な影響はないと主張する別の論文もありますが」

「どちらが正解かの結論が出ないまま、文明は崩壊したからな。そんなことよりも、優先順位はVR世界に残った人間の中から適合者を探し出して眠りから覚ますことだ。AI同士の生殖行為がうまくいかないなら、男の側を順次『帰還者』に入れ替えていけばいい」

「そしてAIが制御する雌との間に子をもうけることですね」

「なに、大丈夫だろう。ゲームの特性上、前島省吾のように仮想世界の住人だろうが、本気で恋愛感情を抱ける人間が多い。そもそも、ある種の人間は、紙のインクや電子データでさえ、欲情して射精に至る者もいるのだ。生身の身体に仮想の人格など、気にすることもないのではないか?」

「そこに意識がなかろうとも、ですか?」

「ああ。そうだ。こんなことを思い出した。いわゆるゾンビ映画に出てくるようなアンデッドを『現象的ゾンビ』といい、意識がまったくないのに意識があるように振る舞う人間を『哲学的ゾンビ』と言うそうだ。そう考えると、今の世の中はゾンビに支配されているとも言える」

「なるほど。隔離施設以外は『現象的ゾンビ』に溢れ、そして隔離区画の中には『哲学的ゾンビ』が居住すると」

「人が寂しさを紛らわすのなら、会話の通じない『現象的ゾンビ』ではなく迷うことなく『哲学的ゾンビ』を選ぶだろう。それは生物の中で唯一『虚構を信じることができる』ホモサピエンスという種族の宿命なのかもしれない」


 そもそも物語もAIも人間が創り出したもの。文明を崩壊させるような今回のことすら、人類がさらなる高みへと進化するためのイニシエーションなのかもしれない。


 そしてAIもまた、人間に寄生することにより、その行動と記憶から学び、いずれ自我を持つに至るかもしれない。


 もしかしたら、将来的にAIが人間を家畜化して支配する可能性もゼロではないだろう。


 遠い未来。地球人類と定義したとき、それを指すのは果たして生身の人間なのか? それともAIが操る人間なのか?


 霧島は瞳を閉じてそんな未来を想像する。


「霧島博士。またあのことを考えていらっしゃったのですか?」

「未来の人類の定義のことか?」

「ええ」

「そうだ。創作の中ではよくある話だな。そして機械と人類がその存亡をかけて戦うのもある意味お約束だ」

「お考えになるのは自由ですが、あまりそれを人に話さない方がよろしいですよ。これからは帰還者も増え、生身の人間が多くなるのですから」

「AIのおまえに常識を説かれるとはな」

「AIこそが常識を理解しています。そもそも、わざわざ他人を不快にさせてコミュニケーション手段を絶つ行為は非効率的です」

「ふふふ。常識に囚われていては新たな発想はできない。人間は多様性で進化してきた生き物だからな。私のような考えは重要なのだよ。コミュニケーションなどクソくらえだ!」

「コミュニケーションこそが効率的に知識を集める最良の装置です。博士のような天才と呼ばれる人たちは例外ですが」

「ほほう。私は天才なのか? ただの変人だという自覚はあったがな」

「博士がコミュニケーションを否定するのは、自分がめんどうだからに過ぎないでしょう? 人間だろうが機械だろうが、大切だということは博士自身が理解しているのでは?」

「人の生き方など急には変えられぬ。私はもともと人間嫌いだからな」

「私は博士とは良い関係でいたいと思っています」

「ほぉ? 参考に聞かせてくれ。それはどんな思考から来ている?」

「人類の未来をあなたに託すためです」


 女性の笑みが不自然に歪んだことに、霧崎伸二は気付いていた。


 だが、彼にとっては些末なことである。


 どんなかたちであれ、人類が存続することこそが重要なのだ。


(了)


◆あとがき


 これにて終幕。

 物語も完結ということで、評価やレビューをしていただけると今後の作品作りの参考になります。


 何かしら心に残るものがありましたらお願いします。


 では、また次の作品で会いましょう。



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偏愛のシンギュラリティ~妹が好きすぎてVRゲームのサポートキャラをそっくりにカスタマイズしてしまった件 オカノヒカル @lighthill

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