10階、土産物売場でございます


「さあ、着きました。一〇階のお土産物売場です。ここの売れ筋は《六文銭ろくもんせんセット》です。三途さんずの川でのお支払い用、鑑賞・保管用、ご贈答用に3セット購入されるかたが多いようですね」


「ご贈答って……。これから死のうって連中が誰におくるのよ?」

「もちろん、三途の川で持ち合わせがなく、途方に暮れている御同胞にでございますよ。そうやって直前にでも善行を積めば、極楽浄土へ行けること間違いなし!」


 ボットがそう言った瞬間、私の頭にアタッチされた外部入力回路に『これは広告のキャッチコピーです。事実を保障するものではありません』という定形のエクスキューズが流れ込んできた。

 つくづく人を馬鹿にした商売だ。


「おや、死後の世界に希望を託す死生観はお嫌いでしたか? 西洋風のグッズ展開もございますよ?」

「じゃあ、統計を聞くけど。そうやって薦められて何割ぐらいがああいうのを買うわけ?」


 ボットの話す宣伝文句は聞くに堪えないが、数字は嘘を付かないはずだ。


「観光目的の方々を除けば、ざっと8割の方が」

「そんなに!?」


 どうりで、素通りした私に対し、ボットが意外そうな反応をした訳だ。


「ここに来られる方々は、ある意味特殊なのでございます。死による何かしらのメリットを期待して来館される訳ですから。

 もっとも、購入される方全員が、死後の世界が存在するという論理ウイルスに犯されている訳ではございません。多くの方にとっては、一種のアピールに近い動機のようですね」


「どういうこと?」

「他の物見遊山の連中とは違って、自分は本気であるという決意を見せたいのでしょう」


「むしろ観光客の方が買いそうなお土産に思えるけど?」

「貴女は素通りされておりますから、あれらのお値段をご存知ないでしょう?」


 ボットが私の耳元でささやくように告げた《六文銭セット》の金額に私は目を丸くした。

 それは、およそ観光地の土産とは思えない法外な金額だった。


「どうせこの世に未練はないし、残しても意味がないからと、きっぷの良いところをお見せしたいのでしょう。後に引けないと自分を追い込む意味合いも」


 観光客以外の来館者が年間にどれだけいるのか知らないが、相当な金が動いているのは間違いない。

 それを買った後、本当に死ぬにしても、諦めてエレベーターで降りて帰っていくにしてもだ。

 このビルが政府からお目こぼしを受けている理由は、それが理由なのかと邪推してしまう。

 まともな消費活動をしなくなった人間をてい良く廃棄しつつ、経済も回る。そんな恐ろしい集金装置を、誰かが考えて建設したということだろうか。

 あるいは……。


 いや、考えるのはよそう。

 もしかすると、こういうことも彼らの手口の内なのかも知れない。

 知りたいという欲求は未練になり得る。

 頭を空にして、このまま最上階まで行き、全てを済ませるんだ。


 ビルの階段は一〇階ごとに途切れ、フロアを横断し、その先にある階段を使ってまた一〇階分上る、という構造になっていた。

 横断するフロアには決まって土産物屋が置いてある。

 途中で気が変わった人にも、お買い忘れがないように、という配慮らしい。

 その他には飲食店、記念撮影と遺言記帳スペース、あらゆる団体の口座に送金可能な募金箱、綺麗な姿で死にたい人向けのシャワールームや服飾品店などがのきを連ねていた。


 段々と、これから死に向かう人のニーズに特化したような店や場所が増えて行き、すれ違う人の数も少なくなっていった。

 私は思考誘導を受けているようで嫌な感じがしたので、それらを全て無視して先を急いだ。

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