【加羅&刀利シリーズ】コーヒーの味を覚えている

夜乃 凛

コーヒーの味を覚えている

 とある喫茶店にて。

赤い椅子と茶色いテーブルが並び、

さあ、座ってくださいとでも椅子が主張しているような場所。

一人の女が、赤いソファに座っていた。足を組んでいる。


 注目すべきは、女の容貌だ。

青い髪に、青い瞳をしている。ここは日本なのに。

白いパーカーを着ている。

お気楽なことに、雑誌を読んでいる。完全にくつろいでいる。


 彼女の名前は、笠吹雪刀利(かさふぶき とうり)。

現在、二十一歳。


 刀利が十五歳の時に、刀利の両親はこの世を去った。

 車を、刀利の父が運転していた時のことだった。

前の座席に、父と母が座っていた。


 そして起こった、交通事故。

前方を走る車にトラブルがあり、刀利達の車は、前方の車にぶつかった。

後部座席にいた、刀利だけが助かった。


 両親は、すぐに病院に運ばれた。

父は、車と衝突した際、即死だった。

母が、かろうじて、生きていた。

現場に到着した救急車が、父と母を乗せた。刀利も乗り込んだ。

「お母さん!!お母さん!!」

 刀利は涙を流しながら、母を呼び続けた。

母の命の灯火は、徐々に消えていった。

「私を置いていかないで!!ママ!!」

 刀利はパニック状態だった。

そして、母の命の灯火が、消えた。


 刀利は世界を恨んだ。

 どうして。

 私達が悪いことをしましたか。

 どうして幸せを奪ったのですか。

 私達は、何も……。


 それからの刀利は、自分の殻に引きこもっていた。

高校にも行かなくなった。最低限の家事を淡々とこなし、

人形のように感情を殺し、日々を送っていた。


 そんな刀利の前に現れた男がいた。

千之時加羅(せんのじ から)。

今、刀利がくつろいでいる喫茶店のオーナーである。


 絶望の日々を送っていた刀利は、何か腹にいれないといけないが、

料理を作る気にもなれず、街に出た。

黒の髪の毛は長く伸びていて、傷んでいた。


 そして、人気の少ない路地で、加羅の店を見つけた。

いかにも、古そうというか、実際古い建物だった。

入り口らしき黒いドアの傍に、「COFFEE」と書いてあった。

刀利の目は、その看板を凝視した。

コーヒーは好きだった刀利。

一瞬のフラッシュバック。


「お母さん、私コーヒーが飲めるようになったぞよ」

「あら、早いわねぇ。私なんて、未だに苦手なのに」


 母との記憶。

刀利は、急に寂しさを感じた。


……誰か……。


目が潤んでいるのを自覚しつつ、刀利はその店に入ってみることにした。

 黒いドアを開ける。カラリとガラスの音。

室内から煙草の匂いがした。

右手にカウンター。人はいない。

中央から左は、客が座れるような椅子と机が並んでいた。

壁は茶色で、一部、絵が飾られていた。


 無人……?

そう刀利が思っていると、右手の奥から男が姿を現した。

「お客さん?」

 そう刀利に尋ねたのが、千之時加羅。

 加羅はぼさぼさの髪の毛をしていて、それとは対称的な、

ピシッとした白いジャケットを着ていた。

「客といえば客です……」

「客だな。適当に座って良いよ。何を飲む?」

「メニュー表、ありますか?」

 部屋の中央付近に、てくてくと歩き、赤い椅子に座る刀利。


「あるよ。今日は、日替わりコーヒーがオススメだな」

 加羅は軽いステップで、メニュー表を刀利の元に持ってきた。

その時、加羅は刀利の顔を見た。

涙ぐんでいる。


「……なにか、嫌なことでもあったのか?」

「え……いや……」

「悩みがあるなら聞くが。嫌じゃなければだが。高校生?大学生?」

「……歳は高校生ですが、高校には、もう行ってません」

 加羅の目線に、刀利の横顔が映る。

憂いを帯びた黒い瞳。

「そうか……とりあえず……何を飲む?」

 加羅はいきなり追求はしなかった。

「……日替わりコーヒー……」

「了解」

 そう言って、加羅はコーヒーを淹れにカウンターへ向かった。

カウンターで、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。

 刀利は、黙ってその様子を見ていた。

目の前の男は、初対面だ。

だが、刀利はこの男に対してなら、悩みを話してもいいかもしれないと思った。

雑な態度に見えるが、かけてくれた声色が、とても優しかったからだ。

 俯く刀利。その間に、淡々と加羅はコーヒーを淹れていた。


 そして、淹れ終えたコーヒーをトレイに乗せ、刀利の元に持ってきた。

茶色のトレイに、白のコーヒーカップ。黒い液体が、波打っている。

そして、カップの横に、チーズケーキを乗せた皿があった。

「あの、チーズケーキは頼んでません」

「奢り。ああ、そうか、未成年か……煙草が吸えないな」

 加羅は煙草を吸おうと思っていたのか、ポケットに手を伸ばしたが、

すぐに元に戻した。

「どうして、奢ってくれるんですか?」

「なんとなく。気晴らしに食べるといい。どうせ客は少ないし」

「でも……」

「大人の好意には甘えておけ」

「ありがとうございます……私は煙草大丈夫です。吸ってください」

 刀利は頭を下げた。

「どういたしまして。気の利く子だな。じゃ、遠慮なく」

 加羅はポケットから煙草を取り出し、火を付けた。

各テーブルの上には、灰皿が設置されていた。

「で、なんで悲しそうにしてるんだ?」

 加羅は煙草を吸いながら話す。刀利の正面の椅子に腰掛けていた。

 しばし、沈黙が続いた。

刀利の目の前のコーヒーは、温かさを保っていた。

「交通事故で、お父さんと、お母さんが、死んじゃって……三人家族だったから、私、一人ぼっちに……わからない……何も悪い事してないのに……なにも……どうして……」

 刀利は震えている。

加羅は煙草を吸う手を止めていた。

「誰かに、相談したか?」

「……頼れる人がいないから、してません」

 刀利は正真正銘一人ぼっちだった。

誰も助けてはくれない。自分一人で生きていくしかなかったのだ。

両親が死んだ後の手続きも、四苦八苦しながら行った。

 なんで。

 なんで?

 なんで!!


 沈黙がまた訪れる。

 刀利は滲む涙、もう何回も流した涙を再び流しながら、コーヒーを飲んだ。

 美味しいとは思わなかった。ただただ、感情に流される。

「……辛かったな」

 黙っていた加羅が、刀利の顔を見ながら言った。

「……え?」

 驚く刀利。

「何を驚いているんだ」

「え……いや、そんな事言われた、こと、なかった、から……」

 刀利は呆気にとられて、加羅の顔を見つめた。

加羅の、ぼさぼさの髪に、無精髭。

 そして、また涙が流れてきた。

その涙は、辛さからくる今までの涙とは違い、救いを受けた涙だった。

「はは……なんだろ、これ……すみません、いえ、ありがとうございます……」

 刀利は涙を流しながら笑った。黒い服で涙を拭う。

 加羅はその様子を見ていた。

そして、心の中で、一つのことを決めた。

「身寄りはいないんだな?」

「いません」

「暇なら、いつでも顔を出していいぞ。高校だって、無理に行く必要はない。

人間にはな、居場所が必要なんだ。お前が巣立つまで、俺で良ければ力になる」

 加羅は煙草に火を付けた。

「え……でも、お店ですよね?迷惑をかけるんじゃ……」

「ここに来るやつは、そんな細かいことは気にしない」

 加羅は煙を吐き出す。

「でも……」

「遠慮をする暇があったら、冷める前にコーヒーを飲むんだな」

 横を向く加羅。

加羅の横顔を見ながら、刀利はおずおずとコーヒーカップに手を伸ばした。

そして、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

「……美味しい」

 先程までは、感じることのない美味しさだった。

加羅が初めて、笑みを見せた。

「だろ?ほら、ケーキも食べろ」

「……はい!すみません、お名前は……?」

「千之時加羅。加羅と呼んでくれ。お前は?」

「笠吹雪刀利です」

「刀利でいいのか?」

「はい!……はい……」

 刀利は何度も頷いた。

 嬉しかった。世界が全て虚ろに見えていた刀利に、救いの手が伸びたのだ。

 ケーキも食べた。美味しい。こんなに美味しいケーキは食べたことはないと思った。

 嬉しそうにケーキを食べる刀利のことを、加羅は温かい目で見守っていた。

 なんとなく、見捨てておけなかった。それが加羅の動機。

 これが、加羅と刀利の出会いであった。

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【加羅&刀利シリーズ】コーヒーの味を覚えている 夜乃 凛 @tina_redeyes

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