日常

 教室に飛び込んできて私を見つけた彼女の瞳を見たとき、ピンときた。

 あ、これ、いつものやつ始まるな――と。

 長年の経験から対応策はバッチリだ。私は耳にかかった髪をかき上げる振りをして、こっそりと耳栓をつける。両耳とも。


「ねぇねぇ! ちょっと聞いてよ、ねぇ! 聞いて!! あのね、あのね! 私見たの。見ちゃったのよ、私! ほんとよ! 本当に見たんだからッ! ねぇ、ちゃんと聞いてる!?」


 案の定のマシンガントーク開始。

 耳栓をしてもすべての音を遮断するわけではないので、最小ボリュームとあとは口の動きも見て、最後の言葉が『聞いてる?』という確認の言葉だと理解する。

 こくん、と一つ頷く私。

 合いの手の返事はいらない――というか、とてもではないけど口を挟めない。


「この間テレビでやってたんだけど『昔のアナログおもちゃってどうなの? 今やっても楽しいの?』ってやつ。あれでさ! "竹とんぼ"とかいうのがあってさ! こう、手でシュコシュコとこすり合わせてビューンって!!」


 彼女は両手の手のひらを合わせると、何度もこすり合わせて、最後には前後に分かれるように手のひらを離す。

 なんのこっちゃ。

 私は"竹とんぼ"なる物を知らないので、彼女の仕草は全く意味不明。とりあえず小さく頷いておく。


「なんかおもしろそうッ! って思ってぇ! いろいろネットでググったらあったの! 売ってんのよ! ワロタ、ワロタ! こんなの誰が買うのよって、ねぇ! だから、さ。私、買ったのよ! んで、昨日届いたからさっそく試したわけ! 弟、引きずってさ! ほら、私んからだいぶ走ったとこに木があるじゃん? あの辺で飛ばしてみたのよ!」 


 今日は特に興奮してるのかいつも以上に音声ボリュームが大きいみたい。耳栓をしていても何を言っているのかはっきりと聞こえてしまう。周りを見てみればクラスメイトの男子が二人、両耳を抑えていた。

 まぁ、それはともかくとして、話している内容に所々ツッコミが必要な場所があったけど、とりあえずは一点だけ。

 木があるじゃん? って、植林された雑木林のことを言ってるんだろうけど。あそこって"絶対"が付くくらいの超立入禁止だよ?


「でさ、でさ。私って"竹とんぼ"の天才だったみたいで、一発で遠くの方まで飛んで行ったの! でも自動で戻ってくる機能が壊れてたみたいで、それっきりどっかいっちゃってね。どうすんのよ! ってとりあえず弟の頭を叩いたときに見たのよ、私ッ! 透明人間を!!」


 確か『信じる? 信じない? それはあなたの勝手です』っていうオカルト番組でやってたな。透明人間特集。

 ネットしつつのながらテレビだったのでちゃんと見てないけど、そもそも透明なのに見えるの? それって透明じゃなくない?


「ちょっと! 今、『透明なのに見えるの? それって透明じゃなくない』? とか思ったでしょ!?」


 うわっ! なにこの娘。いつの間に人の心を読む能力に目覚めたの!?


「私は見たのよ! 人の輪郭の形に景色が歪んでたの! なんかその部分だけ水面みたいにユラユラぁって!」


 ちょ、ちょっと! 唾飛んで来た! 興奮し過ぎだよー。

 と、思っていると男子生徒が二人、近寄ってきて彼女に負けず劣らずの大声で叫んでた。


「マジで見たんか!? それって宇宙人が透明化の能力を使って俺たちを監視してるらしいぞ?」


 彼女と男子二人が混ざってワイワイと盛り上がり始めたので、私はそっと椅子から立ち上がって窓際へと避難する。

 私たちの学年はこの四人だけ。

 ちらりとクラスメイト三人に視線を向けると、私が離れたことも気づかず盛り上がり続けている。

 腕を組んで窓枠にもたれかかりつつ、顎を腕に乗せて空を見上げる。

 良い天気。

 私は空を見上げるのが好きだ。


 世界は――人類は滅亡の危機を迎えたらしい。100年ほど前に。

 授業でも習ってるし、二年前に亡くなったお爺ちゃんからも話を聞いた。

 世界中に危険なウィルスが蔓延して、人間は20歳くらいまでしか生きられなくなった。それでほとんどの人が死んでしまったけど、一部の人が冬眠カプセルの中に入っていて、ウィルスに感染しなかったとか。

 曾祖父ひいじいちゃんと曾祖母ひいばあちゃんも冬眠カプセルに入っていた。そのおかげで今の私がいるんだって。

 なんだかすごい話だ。


 私たちはこの島しか知らない。

 どこかの偉い人が、まだ島から出てはいけないって。

 それでもってことは、いつかは外の世界へいけるのかな?

 何年後? 何十年後?

 出来れば他のどこかへ行ってみたい。

 自由に。

 空を走っていくあの雲みたいに。


 突然、ぽんッと肩を叩かれる。


「ひゅわっ!」


 超ビックリした!

 振り向いてみれば男子二人が見つめる中、彼女が私に何か言ってる。

 あ、耳栓したまんまだ。

 私は耳が痒い振りをして耳栓を外す。


「何?」

「あなたはどっち派? 目玉焼きは片面焼き? 両面焼き?」


 は?

 透明人間の話をしてたんじゃないの? あんたたち。どういう展開で目玉焼きの話になった?

 100年前に人類滅亡の危機があったのだとしても、今この瞬間はなんて平和なのかしらん。

 花の高校生が目玉焼きって。もっと他にいろいろ話題があるでしょうに。

 片面焼きか、両面焼きかどっちだって?


「そんなのッ!――」


 もちろん一択で決まっている。



                         ――了――

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境界の箱庭 維 黎 @yuirei

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