オリジナル
今より一世紀ほど前、人口の飽和状態に伴う環境破壊が異常気象を多発させ、それにより誘発された自然災害という名の世界の悲鳴があちこちで聞こえ始めた頃、今度は少子高齢化による人口減少が深刻化し始めた。
各国は、早急にこれら自然災害や人口減少に対する措置を講じなければならなくなった。
その試みの一つに宇宙移民計画の立案があり、その過程の中で
そしてもう一つ。
こちらは少数だったが、人口減少――特に少子化に歯止めをかける為の対策として、肉体的な若さを長期間維持させることを念頭に置いた老化抑制による長寿化計画を実行する国もあった。いわゆる不老長寿の秘薬である。
どちらの計画も実験段階で人命を失う事故が発生したが、とりわけ極秘裏に秘薬を開発していたある国が致命的な事故を引き起こし、かつそれを隠蔽したことによって世界に悲劇を招いてしまう。
後に"Yウィルス"と呼ばれるそれは静かに全世界へと広まっていった。
老化抑制を目的とした過程で発生したこのウィルスは、人体の老化を抑制するのではなく、人の老化が進む前段階の年齢である20代前半の若さで生命活動を停止させてしまう。
人々がその事実を知った時には、すでに全世界の99%が"Yウィルス"に感染していた。
その後十数年で人口は激減し、当時の1/20にまで減少してしまったが、皮肉にも人口減少により過度な環境破壊は抑えられ、異常気象による自然災害は収まりを見せた。
一応の世界の安定を見た人々は、"Yウィルス"に専念、対抗すべく行動を起こす。
まずは
各国は自国内の被験者たちの保護を目的とした隔離施設の建設――通称"
またワクチンや治療薬の開発も同時進行で行われた。
「――つまり"彼ら"は、当時ウィルスに感染しなかった人たち――"
「――彼らは……本当に100歳まで生きるのでしょうか?」
エンジニアの父親は29歳、母親は36歳で亡くなった。今の平均寿命が31歳であることを考えれば、母親は大往生だったと言える。
「おそらくな。21世紀には100歳を超えて生きていた人間も、多くないとはいえ普通にいたからな。オリジナルも89歳まで生きた記録がある。現時点での最高齢は他国ではあるが64歳の女性だ」
「――64歳……」
自分たちの寿命の倍以上を生きるなど、SFやファンタジー世界の出来事だ。まして100歳ともなれば正直、人間という範疇には入らない。決して口にすることは出来ないが同じ人間とは思えない。それは魑魅魍魎の類――一言でいえば"化け物"。
もちろん、100年以上前の旧世界についても歴史として
100年という歳月は数字で見れば遥か昔というほどではないが、実際は3世代、4世代前の時代だ。感覚的に言えば遥か昔と言えなくもない。
「――彼らと僕たち……。どっちが本当の"人間"なんでしょうか?」
「どちらも人間さ」
「……」
主任は間髪入れず答える。
人類は今だ"Yウィルス"に勝利していない。
人の手によって生みだされたこのウィルスは、あまりにも凶悪だった。
強力な感染力と感染遺伝は人類を大きく苦しめている。
"
だが、人類も手をこまねいているわけではない。
"Yウィルス"を完治させる治療薬はまだ完成に至っていないが、長寿化計画のデータを全世界で共有、開発することにより平均寿命を10年以上伸ばすことに成功している。それはここ近年、加速度的に伸びていて近い将来において"
「――今は"Yウィルス"と共存する道を歩んでいるが、必ず我々は――人類は打ち勝つさ。神に祈らずともな。
主任は加えた禁煙パイプを力強く噛みしめると口元を強気に歪め、笑いながら白衣を摘まんでみせる。
「そうですね。そうすればいつかは"彼ら"と……」
同じ空の下、肩を抱き合って語らったり、テーブルを同じにして食事をしたり――何をするのも自由な"日常"を迎える日が来るだろう。
観測モニターに視線を向ければ、先ほどの少女に別の少女が手を振りながら駆け寄っていくのが見えた。
「さて――と。カウンセリングはこの辺にしてそろそろ業務に戻るとするか。――ん?」
腰かけていた端末から離れると当時に、主任のリストデバイスから呼び出し通信が入る。
「――私だ。どうした?」
エンジニアの彼が見守る中、しばらく話し込んでいた主任が通話を終えるとすぐさま声をかけてくる。
「キミは確か上陸許可証は持っていたな?」
「え? あ、はい。半年前に適正試験には
「上陸経験は?」
「ありません」
「ふむ。
「いえ。申請はしているのですが、まだ届いていません。もうそろそろだとは思うんですが……」
「まぁ、汎用型でいけるか。光学迷彩の使用時間が少し短いが……それほど長い時間の作業にはなるまい」
主任は一瞬、思案する様子を見せたが『問題なかろう』と呟く。
「あの――、何か問題でも?」
「ん? いや、そう大したことではない。第八区画のDエリアにある観測カメラの一つにノイズが発生するようになったらしくてな。自己修復診断プログラムによると"
「い、いいんですか!?」
驚きと喜びで思わず立ち上がる。
「あぁ。準備が出来次第、第一ドックに集合。三号機潜水艇に搭乗予定だ」
「は、はい!」
返事をするや否や、素早く自分の端末をシャットダウンさせると、気が変わってはまずいとばかりに脱兎の如く駆け出していく。
「おい!
声をかけたときには、すでにエンジニアの背中は出口の向こうへと消えていた。
「――やれやれ」
苦笑混じりのため息一つ。
コツコツと足音を響かせながら出口へと向かう。
自動ドアが開き、半身を通路側へと出したところでふと振り返る。
無人の部屋。
「――本当に……な。そろそろ終わりにしたいものだ」
そのつぶやきを残して部屋を出る。
無人になったことを感知したセンサーが照明を落とすと、部屋は静寂と暗闇に包まれた。
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