燦然と照り映える雪とオリーブ

藤泉都理

不本意でも




 滅多に降らない。

 降ったとしても、ちらつく程度の雪がこんなにも積もるなんて。

 雪国からしたらこんなの積もっている内には入らねえと突っ込まれそうな積雪だっただろうが、それでも照り映える純白の世界へと変貌してしまった日常に心躍らせずにいられようか。


 否。


 たれ耳うさぎと、たれ耳うさぎのような髪型の吸血鬼は逸る気持ちを押さえつけて、恐る恐ると足をいっぽいっぽ踏み出す。

 たれ耳うさぎも吸血鬼もつま先立ちで。

 この芸術的な積雪になるべくして跡を残さない為でもあった。


 というのに。


 無残にも積雪についた足跡は蛇行しながら、普段は赤茶の煉瓦畳の庭から林へと向かっているではないか。


 一直線ならばまだしもこんなにも蛇行しながら足跡をつけるなど。

 ゆるすまじ。

 説教をしなければ。


 たれ耳うさぎは消えてしまう前に早く雪だるまを作ってしまいたかったが、怒りに燃える吸血鬼にその声が届くことはなく。

 仕方ないとその足跡に自分たちの足を被せながら進んで行くのであった。






「しかし変わった足跡だな。横一文字だなんて。こんな動物も人間もいないだろうに」

「何かの履物かもしれませんね」

「こんな履物では歩きづらかろう。恐らく、新種の動物に違いない」

「そうですね」


 つま先だけでも踏みしめるたびに、きゅむきゅむと雪の感触が一直線に脳天まで伝わって来て。

 ほぉぉぉぉぉと。

 たれ耳うさぎと吸血鬼は感激の奇声をたびたび発しながら、林へと足を踏み入れた。


 吸血鬼の背丈の二倍ほどの高さがあり一定の間隔をあけて立っているオリーブの林には、たれ耳うさぎも吸血鬼もお世話になりっぱなしであった。

 というのも、美肌や健康効果のあるオリーブの葉をお茶にして飲んだり、浴槽に入れたりする為にたくさん使っているからだ。


「今日も何十枚か拝借します。お返しに珈琲の豆かすをあげますからね」


 表面が光沢のある緑色、裏面は白い細毛が密生していて風が吹くたびに銀灰色に輝く、丸細長いオリーブの葉を撫でれば。

 吸血鬼は何かを受信したみたいに、全身の毛を逆立たせた。

 のは、オリーブの葉の冷たさによるものではなく。

 何者かの奇襲の所為であった。




「ふん。私の美尻に敵うわけがなかろう」


 奇襲をしかけた何者かに瞬時に対応したのは、たれ耳うさぎで。

 その何者かである烏天狗の頭に天空から一直線に美尻を喰らわせて、その衝撃で雪の上に仰向けになって倒れた烏天狗のお面にずっしりと体重をかけて乗って、ふりふりと超高速で前後左右に動かしては、烏天狗のお面を削り剝がしていった。

 すれば、烏天狗の顔が露わになった。


「ふむ。のっぺりしているな」

「この付近の人間とは違って、輪郭も丸く、鼻が低く、彫りもなく、目が小さいですね」

「異国の者かもな。見よ。横一文字の履物だ」

「つまり、こいつが蛇行野郎」


 吸血鬼は普段は口の中に収まっている鋭利な牙を口の外へと伸ばしては、ぽかりと衝撃のない拳骨を烏天狗の頭に喰らわせると、意識を失っていた烏天狗が目を開けて、倒れたままたれ耳うさぎと吸血鬼を交互に見た。


「よくも純白の世界を汚したな」


 吸血鬼は渾身の血吹雪を辺りに舞わせながら、ずいっと烏天狗の額に己のそれをぶつけては睨みつけた。

 通常ならば竦みあがるのだが、この烏天狗にはまったく通用せず。

 悪かったな、感触が面白くてついとあっけらかんと言っては、勢いよく上半身を起こした。

 ごぎゅん。

 その際に鳴ってはらない音に遅れて、吸血鬼に襲いかかってきたのは、ひどく鈍い痛みだった。


「あああああああああああ!?」


 自分ってこんな超高音出るんだ。

 新たな発見をしつつ、吸血鬼はその場で倒れ込んではのたうち回った。


「あ。わりいわりい。俺の頭全部、岩みたいだから生物にぶつけんなって注意されたの忘れてたわ」


 立ち上がって、すみませんと吸血鬼に頭を下げた烏天狗はついで、たれ耳うさぎに視線を向けた。


「あんたの尻すごいな。俺の頭に勝つなんて。まだまだ修行が足りねえな」

「まだまだ修行不足だ。攻撃をしかけていない私たちに奇襲をするなど」

「悪かった。敵意がむき出しだったからよ。俺は異国もんだし、攻撃されても仕方ねえし、なら先制攻撃だって思ってよ」

「ふむ。そうだな。それはこちらにも落ち度があるな。お面も消滅させてしまったし。すまなかった」

「両成敗ってことで帳消しにしようや」

「そうだな」


 熱く握手(脚)を交わす烏天狗とたれ耳うさぎ。

 未だのたうち回る吸血鬼をほったらかして、烏天狗が求めていたオリーブの葉を仲良く摘むのであった。













「いや~。悪いな。泊めてもらって」

「仕方ない。猛吹雪になったのだから、翼休めだと思って治まるまで好きなだけいたらいい。ところで湯加減はどうだ?」

「いや~。最高だな~。早くオリーブの葉を持って帰って仲間にも味あわせたいぞ」

「はっは。仲間想いのいい子じゃないか。なあ、メランドマック」

「まあ、そうですね。ちょっと納得できませんけど」


 ふっくら。

 邸内の大きな浴槽に一緒に入る烏天狗とたれ耳うさぎの会話を扉越しに聞きながら、膨れ上がった額に手当てをした吸血鬼は、不本意ではあるがおもてなしをする為に、オリーブの葉のお茶と、オリーブの実を刻んだクッキーの用意をしに台所へと向かうのであった。




「まあ、不本意でも久々の客だからな」




 呟いては、つま先立ちになって歩く吸血鬼なのであった。














(2022.1.2)


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燦然と照り映える雪とオリーブ 藤泉都理 @fujitori

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