第25話 火星より地球へ 幸福な夢(完結)

久しぶりに地球をみた。


 人間は何を思って、自らの故郷を台無しにしてしまったのだろうか。

 誰かにとって地球は不要だったのだろうか。

 その誰かが、この真っ二つの地球を作り上げたのか。


「地球は大きいね」


 少年の顔に笑みは無かった。きっと何かしらショックを受けたのだが、何か言わなければここまで連れてきてもらっておいて申し訳ないと思ったのかも知れない。

 

 「そうだな」と乾いた返事しか出来なかった。

 地球の周りには砂利のように細々と見えるゴミが無数に浮かび、その中には大型感応式球体機雷が混じっている。

 それらの機雷は黒々とした色で息を潜めている。


「君はこれから夢をみるんだ。長い夢をみるんだ」


「どれくらい長い?」 


「それは、もう、とてつもないくらい長い」


「起きられなくならないかな?」


「それは大丈夫だ。起きたくなんかならないくらいに幸せな夢だから。きっと起きることを忘れてしまうだろうな。約束するよ」

 言い聞かせてやるようにそっと語りかけた。


「よかった。ありがとう」

 少年は安心したように受け入れた。


「何も心配はいらない。大丈夫」

 ハヤトは操縦を手動に切り替えた。 

 地球に向けて突き進んだ。

 警報も鳴らなければ、警告も表示されない。

 速度を上げていく。

 ハヤトは思った。

 生まれた時から内紛の絶えない場所で逃げ回るように生き抜いてきた。

 反戦を掲げる両親には敵が多すぎて、昨日いた場所と今日いる場所が違い、明日はまた別の場所へと、一つ所にいた例しがなかった。

 国も同じだった。

 昨日と今日とで国名が違う。領土の範囲が違う。言うことが違う。

 ただ何が起こっても、僕の生活だけは変わらなかった。

 思えば、戦争しか知らない人生だった。

 ふと隣を見ると、少年が目を閉じている。穏やかな表情だった。

 そして白く細い手が伸びて、ハヤトの手をつかんだ。

 少年の手は温かかった。

 ハヤトの頭の中から、銃声や爆撃の音、戦闘機の唸りが消え失せた。

 そして、少年と同じように目を閉じた。



 上手く作動しなくなったシステムが「退避勧告」を告げたがっている。

 メインシステムが進路変更を促そうとしている。

 しかし、ハヤトは操縦桿の手を緩めなかった。

 

 ◇


 地球のそばで一つの小さな無音の爆発が起こった。 

 そして、それはたちまち共鳴し、いくつもの爆発を連鎖させた。

 


 爆発で散ったスペース・タンク987A-Kの送受信モニターはメッセージを映している。

 そこにはこうあった。

 


 『 火星の少年よ ありがとう 君のおかげだ   ハヤト 』



           ( 完 結 )

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火星より ー愛情のかたちー 秋の色 @akinoiro

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