第24話 これが地球だよ
揺れは縦にも横にも程度が甚だしかった。思わず操縦席から放り出されてしまいそうになりながら、荒海を渡る船であった。
波は、水の代わりに鉄くずやら塵芥やら。
ただそんな凄まじい揺れや音の中でも、少年の動揺はあまりなかった。
音楽を聴いているのと、地球に向かっているのと、満足なことがいくつもあるから平気なのだろう。
「こわいだろうが、今しばらくの辛抱だぞ」
「うん。大丈夫だよ」
「君は強いんだな。やっぱり、玄人なんだな」
ハヤトが笑ってみせると、少年も笑いを返した。
「こう見えて、僕は弱くは無いんだよ」
「そのようだね。ただ、こうして宇宙に出るのは初めてじゃないのか?」
「宇宙には、はじめて出たよ。火星を出たのははじめて。宇宙船は快適では無いんだね」
「ああ、そうだ。このタンクなんて快適な部類だぞ。通常はもっともっと揺れまくって、それで、もっとうるさいんだ」
ハヤトは冗談交じりにそう言ってみた。
「よかったよ。この船で」
「そうだろ。操縦席から放り出されて、また戻るのも難儀なほど揺れて、こうして話しているだけで、喉が痛くなるほど大きな声を上げなくちゃならない。それほどうるさくて、それでもマシなんだから」
「いいや、そうじゃないよ」
少年は優しく笑って続けた。
「僕を連れ出してくれてよかったって」
その声は、突然の衝撃音にかき消された。
そして、船内の明かりが消えて、モニターだけが照っている。
揺れが嘘のようになくなった。
驚くほどの静寂が訪れた。
ハヤトも少年もしばらく呼吸も忘れたように呆然としていた。
「おさまったのか」
ハヤトがそう口走った矢先に、ものすごい横揺れが襲ってきた。
船内は竜巻の中も同然。すっちゃめっちゃかに揺れはじめた。
「つかまれ」
ハヤトは叫びまくった。少年がどこにいるのか確認できない。
激しい電灯の明滅と、耳を劈くサイレンの音。
ぐるぐると船内が高速回転し、椅子の根元を抱えるようにしてしがみついていたハヤトもしまいには投げ出され、背中を天井に打ち付け、顔面をモニターに殴打され、ついには扉ごと操縦室から投げ飛ばされた。
ようやく渦がおさまり、揺れがひいた。
ハヤトは揺れに身体を弄ばれ、気がつくと船内の自室に倒れていた。
「やっと終わったのか?」
疑心暗鬼である。
「これをもう一度はやりたくないな。こんな最期はごめんだぞ」
起き上がって少年を探しに操縦席に戻った。
船内のどこもかしこもグチャグチャだった。
よくこれで保っていられるな。まったく……。
「大丈夫だった?」
少年は操縦席に座っていた。
「君こそ大丈夫だったのか?」
「いや、大丈夫じゃないかな。吐いちゃったし」
「吐く程度でよかったさ。命があれば」
「うん。命はあるみたい」
少年の眼差しが五十年生きた者の色を帯びた。
ハヤトが渡したプレイヤーを大事そうに両手で持っていた。
「これも壊れずにすんだよ」
そう言ってプレイヤーを見せた。
「そうか、ありがとう」
タンクは安定軌道に乗ったらしい。
モニターには警告メッセージが無くなり、サイレンも止んでいる。
しかし、これは安定したからではない。
先ほどの揺れの原因である巨大な何かの一撃でシステムがご臨終したのだ。
おかげで、これで静かに航行が出来る。
さらにモニターいっぱいに、まるで小惑星帯に入ったかのように、デブリの群れを眺められる。
火星から距離が離れたせいか、瓦礫の波は穏やかだった。 そして、その中を着実に地球を目指した。
◇
「これが地球だよ」
その口振りには歓喜は微塵も無かった。
失望感すら疲労で流されてしまっているという具合だった。
少年は何も言わずにじっとモニターを見つめた。
そこには、真っ二つに割れた巨大な岩石の塊が浮かんでいた。
「あれが地球だ」
語気は弱くなった。
ハヤトはこの地球を知っていた。
大戦末期にはこの有様だった。
時期が来たら地球に降りようと、いつかは地球で暮らそうと思っていたハヤトは、この事態にひどく落ち込んだものだった。
誰もが衝撃を受けたが、その経緯をほとんど誰も知らなかった。
系外脱出計画の時点では織り込み済みの案件だったのだろう。
ハヤトは昔の地球と、今眼前に浮かんでいる地球と比べないではいられなかった。
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