第23話 少年との旅立ち 素晴らしき、バラ色の人生


 少年は半永久的に年をとらない。そういう機構を備えている。

 人造細胞で粘土細工のように作り上げられた身体は、どこまでも人間そっくりだ。間違いなく生命である。

 人間では無く、クローンではなく、ロボットではなく、人工知能でもない。

 そして、誕生した彼自身にもそのこと説明されていない。

 クローンだろうと、その後の開発で生まれたネオ・クローンだろうと自分の存在を確かには知らされていない。


 ハヤトの身近にはそんな存在は無かったが、もしかすると居たのかもしれない。 

 なぜなら、彼らのほとんどが人間と同じように生活し、また人間と同じように思考する。だから、クローンに異を唱えるクローンが登場するという。

 人間社会にスムーズに入っていけるように自らを人間と思わせておく必要があるのだ。

 それを考えると、この少年はどっちつかずといった感じだ。人間と完全に思い込んでいるわけでもないが、クローンやAIを理解できてもいない。 

 最初の存在。


 頭にそんな言葉が浮かんだ。


 最後の存在。


 それは自分自身であった。


 彼を含めたすべての人造人間には人権がない。しかも法律上は、廃棄処分の対象なのだ。

 母が言った言葉が思い出される。

 あやふあやな存在を生み出すことは不幸を連鎖させると。「もし、自分が、ある日突然、そんなあやふやな存在だと告げられたら、どう思うかしら。それは、もう悲劇でしかない」と。

 そうだ。確かに、悲劇でしかない。そうかもしれない。

 けれど、僕は今、彼が生きていることに感謝しかない。 生まれてここにいてくれたことに感謝しかないのだ。

 それとも、これは不幸の連鎖の一部なのか?


 僕は孤独がこわかった。

 彼に出会えて本当に良かった。

 最後にこんな思いが出来て、幸せだったよ。


 ◇ 


「これが音楽だよ」

 ハヤトがプレイヤーをひねると曲が流れた。

 いつの時代の音楽なのかハヤトにも分からないが、タイトルがモニターに現れた。『バラ色の人生』とあった。


 二人を乗せたスペース・タンクは火星の重力圏をかろうじて脱した。

 すべてが味方している。

 この少年に、あの残酷だった宇宙が味方している。

 そう思われてならなかった。


 決心を固めた自分を、迷いが全く起こらなくなった自分を宇宙が認めてくれた。

 そうも思えた。

 とはいっても、デブリの数が星の数ほどあるがために、無傷ではない。火星に到着するまでにも無理をさせ通しの船体は悲鳴を上げている。比喩では無く、文字通り悲鳴を上げているのだ。あちこちで警告音が鳴り止まない。


 少年は最初こそ不安そうだったが、「こういうもんなんだ」と言ってやるといくらか落ち着いた。

 少年は今、手の平に乗るくらいの大きさの音楽プレイヤーをいじって、ご機嫌そのものだ。その表情がサイレンの赤い光や青い光に照らし出されて、色とりどりに浮かび上がっている。


 目の前の大きなモニターにはあらゆるメッセージが、警告がびっしりと映っている。一つ消すと二つ増えると言った具合に埒があかない。


 何を言われたってどうしようもないんだよ。そんなにオレを責めないでくれよ。

 ハヤトは冗談交じりにそう心中で呟いた。


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