初詣

椿叶

初詣

『初日の出観に行こうぜ』

 蓮から電話がかかってきたのは突然だった。

「あんた馬鹿なの? 外見なさいよ」

『外?』

「今何時」

『十時』

「なんでその時間に初日の出が見られるのさ」

 呆れながら言えば、電話の向こうでからりと笑う声が聞こえた。新年早々に聞くこいつの声が、こんなにもあほらしい内容であることが残念だ。普段からこんな感じといえばそうなんだけれども。

『俺が初日の出って言ったらお日様出てくるの』

「馬鹿でしょ。付き合ってられん」

『あ、電話切らないで。ごめんって。とにかく、今から一緒に出掛けよう? 空いてる?』

 家族との初詣はもう済ませたし、この後これといって用事もない。突然遊びに誘うなとは、付き合い始めた頃からずっと言っているのだけれど、正月だからと思って許した。

「支度するから」

 ぶっきらぼうに告げると、朗らかに笑う声が耳に響いた。


「結局お参りじゃん。私今日ここ二回目」

「俺の初詣に付き合ってください」

「日の出はどうしたのさ」

「嘘です。出てきません」

 俺が寝坊していなければ初日の出に誘ったんだけどな、とブツブツいいはじめる蓮を、ひじで小突く。こいつが日の出の時間に起きていることなんて、数えるほどしかないのに。かっこつけようとしやがって。

「美桜のことだから、家族と見たんだろ。初日の出」

「うん」

「俺、きっちり早起きして、初日の出みてる美桜に声かけるつもりだったんだよ」

 蓮がしょんぼりしながら、お賽銭箱に小銭を落とす。五円玉がころころと転がっていくのを、思わず目で追った。

「そんなに私と見たかったんだ。初日の出」

 少し意地悪な言い方をしている私は、かわいくない。

「あんたが初日の出見たなんて言ってるの、見たことない」

 蓮の真似をして、五円玉を投げ入れる。金色が転がっていく。

「だってお前、春に引っ越すんだろ。いつでも会えるわけじゃなくなる」

「そうだね」

「だから、春までに、なんか、したかった」

 私もだよ。そう言ってあげればいいものを、唇から零れ落ちるのは「馬鹿だね」なんていう言葉だった。

「春が過ぎたら」

「考えなくていいよ。春からのことなんて。まだ、正月だし」

 春なんてこなければいいのに。手を合わせて、神様に祈る。

 私と蓮を、この日に閉じ込めていてください。馬鹿みたいに素直なこのひとに、私が少しでも素直に気持ちを伝えられるようになるまで、どうか、この日に。

 神様に向かって、長く長く手を合わせる。そうすれば、少しでも自分の願いに近づける気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初詣 椿叶 @kanaukanaudream

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ