Chapter03:何事もはじめては緊張するもの
どんよりとした空模様を見上げるライシの
朝早くからどうにもこうにも、嫌な予感がしてならない。
城内は
先の試練で味を占めたのか? とにもかくにも、家臣達がせっせと働く光景を見やるライシはいささか複雑な心境で窓の向こうを静かに見やった。
「ライシお兄様、こんなところにいらっしゃったのですね」
と、やってきたアリッサにライシは思わず感嘆の息をもらした。
――前回よりもうまくなってないか?
普段の青いドレス姿ではなく、一見するとごくごく普通の一般市民にしか見えないその出で立ちは新鮮味で溢れている。更には、恐らくは魔法による効果だろうか。悪魔の象徴たる角がない。
――対象の視覚情報を誤認させているのか?
――角のない……いや、見えない? アリッサか……。
――本当に、出会いが違ってたら惚れていたかも。
ジッと見つめるライシを、アリッサがにこりと微笑んだ。
「ふふっ、どうやらライシお兄様に気に入っていただけたようで何よりです」
「いや、以前もそうだったけどかなり似合ってるぞ。後、角がないってなるとこうも雰囲気ががらって変わるもんなんだな」
「おかしいですか? 前回の反省点を生かしてより人間らしさをこだわってみたのですが……」
「いやいや、おかしくないぞ」
「……私としても、人間に模倣することはあまりいい気分にはなれません。しかし今回はあのいけ好かないメスを徹底的に懲らしめてやれる日。だから、どんな苦行だろうと甘んじて受ける覚悟です」
その覚悟をもっと別のことに使えよ! あくまで自身の欲を満たしたいがために、
今日は、悪魔によるはじめてのおつかい……その第二弾が決行されようとしている。
すべては大事な一人娘の自立と成長を心から願う
だが如何せん、協力を要請する相手を間違えている。
ライシはどうしても、そんな気がしてならない。何故ならば協力者の中に五姉妹がいるから。
――やっぱりこいつら、外した方がいいんじゃないか……?
――計画だってロクなものじゃなかったし……。
これまでに幾度となく重ねた議論は、膨大な時間を費やした。
そのほとんどがシルヴィに対するアリッサ達の恨みつらみによる内容ばかりで、早い話が彼女の暗殺計画である。
当然ながらそんな危険極まりない案が通るはずもなし。
気が遠くなるほどの
たかが、おつかいのためだけにこんなにも疲れるなんて……。
疲労はまだ身体に蓄積されていて、しかし当日を迎えてしまったからには、もうこのままやりきるしかない。
なんと言っても、シルヴィの試練のトリを飾るのは自分なのだから。
やるからには生半可なことはしたくないし、できない。
「俺も頑張りますか……」
再び何気なく目線をやった窓の向こうから、見知った顔がツヴァルネア城へ来る姿が見えた。
「――、いらっしゃいファフニアル! シルヴィちゃん!」
「よぉアスタロッテ! 今日はオレらのために悪いな」
「いいのよ、気にしないで。だって私達、盟友じゃない」
「いやぁ、オレもいい
二人の
心なしか顔色が悪くて困惑した様子でもあるシルヴィには、ライシもはてと小首をひねる。
「あの……今日いきなり行くぞって言われてここに連れてこられたんだけど……アタシ、今から何をさせられるの?」
「え?」と、ライシ。
――まさか、まだ何も聞かされてないのか?
だとすれば、困惑するのもまぁ無理もなかろう。
シルヴィはおつかいの件について、一切情報が開示されていない。
どうしてファフニルがそのことを娘に告げなかったかは、なんとなくながらもライシは察した。
恐らく最初の内に告げてしまうと、恐れて逃げ出す可能性が無きにしも非ず。
シルヴィの性格を考慮すればその可能性は低い。もしも恐れて逃げようものなら、それはアリッサ達に弱みを自ら晒すのも同じこと。
シルヴィとてそのような展開は是が非でも避けようとするはずだから。
もう一つは、単純に黙っていた方が面白そうという、そっちの方が実にファフニアルらしいと言えばそのとおりだ。
「シルヴィ、お前ももうちょっとで成人するだろ? だからお前には今から成人するための儀式として試練を受けてもらう! アスタロッテ達はその協力者ってわけだ」
「そういうことだから、よろしくねシルヴィちゃん」
「え……えぇぇぇぇぇぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよママ! アタシ試練とか聞かされてないんだけど!」
「そりゃそうだろう。言ってないんだからな」
からからと愉快そうにファフニアルが笑うが、当の本人にしてみれば笑うだけの余裕などあるはずもなくて。
酷く狼狽したまま、あからさまに不安の
「し、試練っていったいどんなことするの……?」
「それはだな……おつかいだ」
「お、おつかい……?」
「――、それじゃあ今から試練についてルールを説明するぞ。シルヴィ、お前には正午からアスタロッテが管理するガチュア山まで行って、ある花を採ってこい。それができればお前を晴れて成人だ、だがもしも失敗すれば……」
「し、失敗すれば……?」
「……今後、お前をここに連れてこない」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
――いや、そんなに驚くほどのことでもないだろ。
――それに裏を返せば一人だったら言ってもいいってことだろ。
――多少距離はあるだろうけど、絶対に行けないってわけでもないんだし。
そもそも、今回の試練……もとい、おつかいはシルヴィの自立を促すことが最大の目標であるわけで、結果的に独り立ちできるようになってもらわなければ、寧ろ困るのはファフニアル自身の方だろう。
いつかはシルヴィも母親のように玉座を継いで皆を統率する責務がある。
反面、アリッサ達がいるからまだ楽な方だ。
アスタロッテとアモン……双方共に強大な悪魔で、彼らの血をしっかりと継いでいる妹達の実力は、自分なんかよりもずっと上を行く。
だから長男という立場でも玉座に着く必要性はなく、力と資格がある妹達が告げ場いい。
そう考えると、一人っ子のシルヴィに課せられた責務は大変そうだ。
ライシは未だに混乱の渦中にあるシルヴィにそっと同情した。
「そ、そんな……い、いきなりおつかいとか言われたって、アタシやったことないし……」
「オレの娘なんだからそれぐらい簡単にできるだろうに」
「いや無理だってば! 普通に考えたらわかるじゃん、だってアタシ一人で外出たことないんだよ!?」
「因みに今回の試練だが、ライシも挑んでクリアしたらしいぞ?」
「えっ? ほ、本当なのライシ……」
「え、あ、まぁ……うん」
「一人でおつかいするなんて、きっと怖かったはずなのにライシちゃんはきちんとおつかいを終えたのよ。あの時のママ、感動して声も出なかったわ……」
どの口が言うのやら……目に見えて落胆していたことを完全になかったことにするアスタロッテに、ライシは小さく溜息を吐いた。
それはさておき。
「アスタロッテの息子にできたことが、オレの娘ができない……なんてことはないだろ」
「うっ……で、でも……」
「ま、まぁ正午までまだ時間はあるし、試練の内容までは言えないけど、アドバイスぐらいならしてやれるからさ」
「う、うん……」
――あ~、駄目だこりゃ。
――完全にがっちがちに緊張してやがる……。
普段の活気はもはや皆無であり、今にも不安で圧し潰れかねないシルヴィを、自室まで手を引いた。
リトルデビルプリンセス ~大きくなったらお兄ちゃんと結婚するを本気で実行しようとする我が妹達に困ってます~【第一部完結】 龍威ユウ @yaibatosaya7895123
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