Chapter02:嵐吹く予感に似たり! てか絶対に吹く!!
空はとても清々しい青一色であるのにも関わらず、城内の空気にどんよりと重苦しさを憶えたことに疑問を抱いたライシであったが、その元凶がわかった途端小さく溜息をもらす。
――こいつらか原因は……。
――ったく。朝っぱらから何を怒ってるんだ?
あからさまに不機嫌であるアリッサ達からは、今にも誰かを殺しそうな雰囲気がひしひしと伝わり、只事ではないと察したライシは早速事態の収拾に図る。
つい先日、アモンとアスタロッテ……主従もとい夫婦喧嘩による被害からようやく修繕が完了したばかりだ。
以前よりも豪華にしてより頑丈に設計された修練場を目の当たりにした際は、年甲斐もなく喜んだ己を今もライシはほんの少しだけ恥じている。
さすがに落ち着きがなかったな、俺。
曰く、物を与えられて嬉しそうにする姿を見るのは実に久しぶりとのこと。
この指摘に果たしてそうだろうか、と自らに問うた時、もしかするとそうかもしれない……ライシはそんなことを、ふと思った。
それはさておき。
「朝早くから、何をそんなにぶぅ垂れてるんだアリッサ」
「あ、ライシお兄様聞いてください! またあのいけ好かない女がくるかもしれないんです!」
「いけ好かな……あぁ、もしかしてシルヴィのことか? ということはまだファフニアルさんもくるってことか」
――相変わらず、あの母娘は事前に連絡しないな……。
もちろん、突然の来訪であるにも関わらずいつも快く許す方にも問題はあるが。
とにもかくにも、再び平穏が脅かされると理解してライシが落ち着けるはずもなく。
今日と言う地獄を如何にして平和的にすごすことができるか。
そのことで既に思考は忙しなく稼働して一寸の余裕さえもなかった。
修繕したばかりの城を壊させてなるものか。
修繕と改良が施されたとは言っても、人間相手ならばいざ知らず。
アリッサ達五姉妹とシルヴィ、恐らくはほぼ互角とみて相違なかろう実力同士の衝突にはきっと耐えられそうにない。
また破壊されたとなったらその時は、今度こそ家臣の何人かが過労死しかねない。
いや、下手をすればこれを機に
――本当に、俺って損な役回りばっかりだよな……。
ライシは自嘲気味に小さく笑った。
「――、それであの母娘の到着予定時間は?」
「えっと、確かお母様のお話ですともうすぐ来るとのことですが……」
「本当に余裕がないな。掃除とかもてなす準備とかだってまだ満足にできてないってのに……。とりあえずどこまでできるかわからないけど、俺達も準備を手伝った方がいいだろう。早速――」
「その気遣いはこのオレには必要ないぞ、アスタロッテの息子」
「……ッ!」
アリッサ達の顔に瞬く間に緊張感が走ったように、ライシも驚愕からその目をぎょっと丸くした。
噂をすれば影、とはよく言ったものだ。
音も気配もなく、背後にて不敵な笑みと共に仁王立つ灼熱の魔王。
【
「ファ、ファフニアルさん! こ、これはどうもです」
「あぁあぁ気にすんな、そんなに畏まらなくったっていい」
「そ、そうですか……。そ、それで本日はどのようなご用件でしょうか? 母ならば今は中庭の方にいると思うのですけど……」
「あぁ、実はな。ちょいっとばっかしアスタロッテに相談したいことがあってきたんだよ」
「相談、ですか……」と、ライシ。
――これ絶対にロクでもない相談だ!
直感が激しくそう主張して、しかしライシにはファフニアルをどうすることもできない。
大方、近々人間と戦争をするのに力を貸してほしいとかに決まってる! こうなる日が必ず自分の身に訪れる、そう理解もしたし覚悟もしていたライシだが、やはりいざとなると葛藤が生じてしまう。
「――、おぉアスタロッテ! 久しぶりだな!」
「いらっしゃいファフニアル! 待ってたわよ」
不安を胸に抱えたまま、案内した中庭で邂逅を果たした二人の魔王は、先日と同様に
一見すれば子持ちの母が穏やかに時間を共有する光景にしか見えないのに、これからおどろおどろしい話し合いが展開されると想像すると、どうしても気分が滅入って仕方がない。
覚悟を決めろ、俺。内心で自らに強くそう言い聞かせて、耳を傾けていたアスタロッテとファフニアルの会話の内容にライシは怪訝な眼差しを思わず向けてしまう。
「実はだなアスタロッテ。今日いきなり来たのは相談したいことがあって来たんだよ――オレの娘のシルヴィのことだ」
「あらシルヴィちゃんがどうかしたの?」
「いや、アイツもそろそろ成人を迎えるわけだ。成人を迎えたとなっちゃあ、今まで以上よりしっかりしてもらわねぇと困る。そこでだ、何かこうビシッとアイツを成人としてしっかりとさせるいい方法とかってないか?」
「うーん、そうねぇ……」
「…………そんなことか」
思わず安心感からそうライシは呟いてしまった。
内容は想像を良い意味で裏切り、比較的平和すぎる会話にはホッと安堵の息も自然ともれる。
でも、突然どうしてそんなことに? ライシが気になったのはここで、シルヴィとファフニアル母娘との間に何があったのか。
心中にて先を急かしながら、ライシは引き続き傾聴する。
「シルヴィは、あいつはまだどうもオレに依存している節がある。もちろんオレのたった一人の娘だし大切な宝物ってのには変わりない。だけど別れってのはいつか必ず、どんな形であろうとな……」
「ファフニアル……あなた、シルヴィちゃんのこと、本当に大切に思っているのね」
――母さんとは偉い違いだな。
もそりと心の中だけでライシはすこぶる本気でそう呟いた。
子離れできない母もどうか、ファフニアルを見習ってもらいたいが、恐らく可能性としてはほぼ皆無に等しい。
つい最近までもそうで「アリッサちゃん達はママとずっと一緒にいてね!」と懇願するという情けのない姿を目撃してしまっているライシは、無意識の内に小さな溜息を吐いた。
「――、と言うわけでアスタロッテ。何かいい案はないか?」
「う~ん、そうねぇ――あっ、だったらアレとかがいいんじゃないかしら!」
「アレ?」と、ファフニアル。
――確かに、“アレ”なら一番効果的かもしれないけどな。
――この歳でやらせることでもないけど……。
それをあえて言うのは無粋と言うもので、ライシは沈黙を貫きしかし、アスタロッテの提案については賛成の意を顔に示した。
「シルヴィちゃんにおつかいをさせるのはどうかしら?」
「おつかいだと?」
「えぇ。因みにライシちゃんも、そのおつかいで今まで以上にすっごく立派で逞しくなったのよ?」
「え? い、いやぁ……あはは……」
生前の記憶で成長したようなものだから、特に何の感慨もなかった。
なんて言葉は当然本人らを前にして言えるはずもなし。
苦笑いを浮かべるライシに、ファフニアルの両手ががっしりと肩を掴んだ。
「……アスタロッテ、その話詳しく聞かせてくれねぇか? それと、そのおつかいとやらを無事に乗り越えたライシ……お前の話も是非聞いてみてぇ」
「もちろんよファフニアル。だって私達、
「いやぁ、でもその、俺の話を聞いてもきっとなんの参考にも――」
「それを決めるのはこのオレだ」
何を言っても、この魔王の前にはどうやら無駄らしい。諦めて協力するしかないと悟るライシだったが、その一方で猛烈に嫌な予感がどうしても胸中から消えようとしなかった。
「――、これはあの女を叩きのめすチャンスなのでは?」
「それでしたらここはぁ」「ボク達も協力するのがいいんじゃない?」
「ウチも賛成だぞ」「クーも」
ひそひそと、だがライシの耳にしかと運ばれる会話の内容は不穏極まりない。
今回もまた、とんでもないことが起りそうな気がする。
ファフニアルとシルヴィ、この母娘の中だけで済みそうにないと悟ったライシの
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