件名:おひさしぶり!ののこです!

どくどく

件名:おひさしぶり!ののこです!

『件名:おひさしぶり!ののこです!』


 スマホのメールボックスがその表題のメールで埋まっていた。


 スパムメール。無差別な相手に大量に送り込まれる迷惑メールだ。語源はアメリカのCMだとか。なんかスパムスパム! と連呼するところからきているらしい。まさかその会社もこんな形で風評被害にあうなんて思いもしないだろうけど。


 いろいろ種類はあるが、たいていは中にURL(インターネット内のページに飛ぶためのリンク)が張ってあり、それをくりっくすると詐欺用に作られたフィッシングサイトへ誘導されたり、添付ファイルを開いてウィスルに感染したり。


 ブロックしても送信アドレスを変えて何度も来るため、無視してごみ箱に捨てるのが基本だ。実際見るたびにそうしてきた。ただここまで一気に来るのは初めてだ。しかも同じ表題で。


「誰だよ、ののこって」


 知り合いにののこと言う名前の人はいない。いるかもしれないけど、少なくとも名前を知りあうほどに親しい仲にののこと言う名前はいない。鬱陶しくなりながら削除するために画面をタッチし、


「あ、しまった」


 思わずメールを開いてしまう。そこに映し出された内容もまあ、酷いものだった。







『おひさしぶり!ののこです!

 ドキドキしながらあなたにメールしています!この鼓動が伝わるといいんだけど!(#^^#)


(一般的なSNS)はストーカーに粘着されてやめたんで、こっちのHPで活動しています!詳しい自己紹介とかプロフィール。3サイズや恥かしい秘密まで描いてあるから見てくれると嬉しいな(*^▽^*)


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 写メもあるから見てね!』







 ツッコミどころ満載である。今時顔文字であることもさることながら、写メとかいつの時代か。携帯電話の時代のデータがそのまま流れているとしか思えない。


「確かに久しぶりに聞いたよなあ。写メって単語」


 今時の若い子が聞いても首を傾げそうである。ジェネレーションギャップを感じるようになるとは年か。


 興味を持ったのは、そんな懐古から。若いころの自分を思い出すように、次のメールを開いた。







『おひさしぶり!ののこです!

 ドキドキしながらあなたにメールしています!この鼓動が伝わるといいんだけど!(#^^#)


 HP見てくれましたか?あなたが見てくれると思って、ちょっと恥ずかしい写真も載せました!感想書いてくれると嬉しいです!!(^^)!


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 感想待ってます!』







「別バージョンか。凝ってるっていうか暇っていうか」







『おひさしぶり!ののこです!

 ドキドキしながらあなたにメールしています!この鼓動が伝わるといいんだけど!(#^^#)


 どうして感想書いてくれないんですか?もっと恥ずかしい写真でないとダメなんですか?じゃあ、しょうがないから……特別にこれを載せますね。恥ずかしー!( *´艸`)


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 あなたの感想待ってます!』







「おー、こんなのもあるんだ」


 次。







『おひさしぶり!ののこです!

 ドキドキしながらあなたにメールしています!この鼓動が伝わるといいんだけど!(#^^#)


 ののこの恥ずかしい写真じゃ、興奮してくれないんですか? そんなことないですよね。ののこの事が大好きって言ってくれたもん。ののこもだいすきだから、全部さらけだすよ!


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 感想お願い!』







 次。







『おひさしぶり!ののこです!

 ねえ、お願いだから何か言って? ののこさびしいの。


 ののこまってるよ!あなたの事待ってるよ!ずっとずっと来てくれるって信じてる。だってののこは貴方の事がこんなに好きだから!あなたにならどんなことされてもいいよ!だからここに着て!


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 ねえ、早くののこに話しかけて!』







「ついにドキドキしなくなったか」







『おひさしぶり!ののこです!

 どうして何も言ってくれないの……?もしかして、ののこのこと忘れてる?


 そんなことないよね。ののこのこと大好きだって言ってくれたもん。私は貴方の事を信じてるよ。だってののこは貴方の事こんなに好きなんだもん。だから早く来て。ここにきて。お願いだからののこに話しかけて。


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 もう、我慢できないかも……』







「ののこちゃんヤンデレ化。このころからヤンデレって概念があったんだ」


 なんか楽しくなってきた。URLにクリックするつもりは毛頭ないけど、暇つぶしにはちょうどいい。見てはけして見ては消してを繰り返している。







『おひさしぶり!ののこです!

 今日、家を出てあなたの元に向かっています!


 合流したいので連絡ください!HPの掲示板に都合のいい時間をかいてくれたら、それに合わせますね!


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 お返事待ってます!』







「積極的だなぁ」







『おひさしぶり!ののこです!

 今日、家を出てあなたの元に向かっています!


 今、〇×駅にいます!もうすぐあなたに会えると思うと胸がドキドキしてきます!合流場所をHPの掲示板に書いてくださいね!


<めちゃくちゃ怪しいURL>


 お返事待ってます!』







 ……………………。


「…………は?」


 思わず指が凍った。〇×駅は最寄りの駅だ。毎日使う駅で、いや偶然にしてはできすぎだろう。







『おひさしぶり!ののこです!

 今○×市役所にいます!(以下省略)』







 駅から家の間にある市役所だ。







『おひさしぶり!ののこです!

 今、▲□商店街を抜けたところです!(以下略)』







 そこを抜ければもうすぐこのマンションだ。







『おひさしぶり!ののこです!

 今、××マンションの前です!(以下略)』







 住んでいるマンションの名前だ。


 落ち着け。これはどういうことだ? 昨今のスパムメールはスマホの位置情報を勝手に盗んで送り主に伝えるとかそんな機能があるのか? っていうかスマホがそういうウィルスに感染した?


 まだその方が現実味がある。そんな迂闊なことをした覚えはないけど、みしらぬ「ののこ」に家を探り当てられたなんて言うほうがよほどあり得ない。こんなことはあり得ない――


 ポーン♪ メールの着信を告げるアラームが鳴る。恐る恐る着信を確認した。


『件名:おひさしぶり!ののこです!』


 ありえない。これはただのスパムメール。数多くの人間に送られているはずの、メールのはず。それが個人を特定し、家までやってくるなんておかしすぎる。でも。これを見てしまえば、おそらくは。


 乱れる呼吸。いつの間にか溜まっていたつばを飲み込み、おそるおそるメールを開ける。







『おひさしぶり!ののこです!

 今、あなたの部屋にいます!ようやく会えましたね!』







 恐る恐るスマホの画面から顔をあげるとそこには――


<20○×年▲月××日、○×市にある××マンションの住人▽×が行方不明になった。

 マンションには使用中のスマートフォンが床に投げ出されており、争った跡はなかったという。自殺他殺の両方の可能性を考えて交友関係を中心に探ったが、事件に関係する事項はないと判断された。


 なお、スマートフォンの画面はメール受信画面が開いており、そこには『ようやく会えましたね!』『大好きです!』『これからずっと一緒ですね!』『もう放しません!』などと言ったスパムメールが大量にあったという>

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