第3話

 藍の怪我には、骨折もなく、元々大したことはなかった。

 問題は、事故による精神的なショックと、食欲不振による体力だった。

 それも回復の兆しが見えてきて、それに学校の事もあるので、一度退院させてはどうかという話だった。

 九月も後半に入った日の午前中に、藍は退院した。病院の門前にはタクシーを呼んでくれていた。

 藍の担当だった主治医と若い看護婦が、外まで藍の見送りに来てくれた。

「退院、おめでとう。藍ちゃん、元気でね」

 桃色の花をベースにした、小さな花束が藍に渡された。

「忘れ物はないわね?」

「はい。お世話になりました」

 担当してくれた主治医と看護婦に、藍は心から頭を下げた。

 二人とも、藍と同じ年齢の妹がいるらしい。随分、気にかけてくれた。

「一人で大丈夫?」

 看護婦の声に、微量な怒りがあった。

「お母さん、本当に来られないの?」

「大丈夫です。荷物は少ないし」

 藍の荷物は、小さなボストンバック一つだった。

「それに、お母さんも体調を崩しちゃったそうですから。元々、お母さんも体は丈夫な方じゃないし、でも、私の体はちゃんと治ったし、心配しなくても一人で帰れます」

 優しい子ね、と看護婦はつぶやいた後で、付け加えた。

「……気を付けて帰ってね」

 有難うございます。丁寧に礼をして、藍はタクシーに乗り込んだ。行き先はすでに病院から聞いているらしく、車はすぐに走り出した。

 もらった花束の香りを嗅ぎながら、藍は溜息をついた。

 飢餓感が、倦怠感となって染み込んでいる。

……あれ以来、舌がおかしい。

 味覚がマヒしている。塩味、うま味、甘みに苦みが、単なる刺激としか感じられなくなっている。

 舌が、貴代美の味以外を拒否していた。

 まさか、だった。

 あれは悪夢だ。その片鱗を思い出すことさえおぞましい。

 狂った夢で感じた、現実ではない味のはずだ。それが生々しく、舌の記憶としていつまで残るなんて、あるはずがない。

 あの味は幻だと、藍は自分自身に言い聞かせた。

 禁断の味を思い出すのをねじ伏せ、藍は病院での食事を口にした。

 それなのに、自分の身体は化学変化を起こしたまま、戻らない。

 カウセリングも受けた。

 当たり障りなく、傷に触れないように藍はやり過ごした。

 吐露することで、楽になる吐しゃ物ではなかった。

 真実を話したところで、事故による妄想と強迫観念、PTSD、非器質性精神障害だとカルテに記入されるだけだ。解決できないなら、言うだけ無駄だ。厭なことを思い出す、傷をえぐるだけだ。

 自分が得体のしれないものに変化している。藍は自分の変化を持て余した。

 こんな状態で、母に会うことは出来ない。

 母に変化を気取られたくなかった。だから会いたくなかった。

「いくら何でも、退院の日くらい来てくれてもと思うんですよ、あのお母さん、何を考えているんでしょうね」

 看護婦の一人が、憤っていたのを藍は知っている。

 どうしても、体調が悪くて家にいなくちゃいけないと、母の佳子は藍に謝った。

――ごめんなさい、でも、先生のお話じゃ、もう体は心配ないんでしょう? 一人で帰ってこられるわよね。

――お姉ちゃんは? 

――大丈夫よ、何でもないわ。

 どこか、かみ合わない会話だった。

 夢の中で見た、姉の所業。藍は首を振って追い払った。

 あれは、夢だ。

 寝て起きて、また眠る。病室での単調な日々を繰り返すうちに、悪夢と現実の境目がぼやけ始めた。

 あんなことが、あるはずがない。

 藍はあの出来事を、只の悪夢に思い始めている。

 とりあえず、姉は普通に学校へ登校し、生活を送っているようだ。

 それなら、あれは悪夢だったのだ。自分一人が見た夢。

 事故のショックで、悪夢と記憶が混乱しているに違いなかった。子供の頃なら良くある話だったではないか。天使が出てきて、変な怪物が出てきた。夢と現実がごっちゃになった話をして、よく大人から笑われた。

 あの四人の死に方。あんな死に方が、現実にあるはずがない。

 あると思う方が、死者への冒涜だ。

 貴代美も近藤も、紗枝も美香も、事故死で処理されたと、実際に山岸刑事に聞かされたではないか。

 藍は、もう一度目を閉じ、四人の面影に謝った。

 タクシーは一時間半ほど走った。窓ガラスの外が、見慣れた風景に変わり出すと、藍は落ち着かなくなった。

 家に着いた。

 藍は、門の前に立ち尽くしていた。

……日常の象徴が、目の前にある。

 怖い。

 その時、玄関が開いた。母の佳子だった。

「あ」

 ただいま、言葉のタイミングがずれた。佳子が藍を見つけた。

「早かったわね。何をしているの、早く入りなさい」

「あ、はい」

 突き放したセリフ。しかし、藍にとっては、むしろそっちの方が有り難い。

 しばらく留守にしていたせいか、家の中は他人顔に思えた。しかし、実際に以前とは変わっていることに、藍は嗅覚で気がついた。

「お母さん、芳香剤使っているの?」

 特にダイニング。人工的な花の匂いなど、食堂では絶対に使わなかった。

「あなた、匂いが何か気になる?」

「いいえ、別に」

 珍しい、そう思っただけだった。

「お母さん、お姉ちゃんは?」

「学校よ」

 ああ、そうか。今日は平日だ。

 お姉ちゃんは、学校へ行っているのか。

 すでに碧は、日常の中に戻っていることに藍は胸をなで下ろした。

 碧が戻れたのなら、自分も元の世界に戻れるという安堵と、山中の悪夢は、もう完全に事故として葬られている安心だった。

 ポットに入った紅茶と、カップが出てくる。

「藍。お昼ごはん、食べるでしょう」

「うん」

 目の前に、サンドイッチが出てきた。卵とハム、そしてトマトとツナ。

 好物だった。お腹は空いている。

 しかし、食べたくない。

 それでも、藍はパンを口に入れた。

 やっぱり、これもそうだ。舌を刺激する味覚は鈍く、味がぼやけている。

 あの美味に比べれば、泥で出来た団子だ。

 しかし、あの禁忌はもう犯せない。

 貴代美の肉の味、その記憶を葬らなければ。

 それが出来たら、あの事故は本当に只の『忌まわしい事故』にしてしまえる。

 流し込む食物を、咽喉が拒否する。藍は、それでも無理に食べて呑んだ。

「美味しい?」

 佳子が、藍の目を覗き込んだ。

「うん」

 藍は表情を作って頷いた。

「サンドイッチは、好きよ」

「そう」

 満足そうに、佳子は藍に微笑んだ。

「それなら、いいのよ」

 そして、思い出したように付け加えた。

「ごめんなさいね、病院に迎えに行けなくて」

 体調がすぐれなくて、と口にする佳子に、藍は紅茶を飲みながら頭を振った。

 あと数時間すれば、碧が学校から帰ってくる。

 その時、どんな顔をして会えばいいのか。

 母親の態度よりも、今はそのことで頭が占められていた。


 碧の帰宅は遅かった。

 夕食の時間になっても帰ってこない。藍は佳子に聞いた。

「お姉ちゃん、遅いね」

「気にしなくて良いから、食べてしまいなさい」

 ヒラメのムニエル。ほうれん草のソテー、アボカドとトマトのサラダ。

 藍は、咀嚼して飲み込む。

 食事に手を抜かない佳子は、食事は絶対に家で摂るものとして、夕方の帰宅時間には厳しかった。

 部活が終われば、真っすぐ家に帰る。誰かと寄り道して帰るなんて、あり得ない。校則でも原則は禁じられていたが、それ以上に、家庭の法律を破ることは出来なかった。

 しかし、碧の帰宅は、食事も終わった晩の二〇時を過ぎてからのことだった。

「藍! お帰り!」

 夕食が終わり、部屋にいる藍の元に、碧が部屋に飛び込んできた。

 ベッドの上で抱きしめられて、藍は目を白黒させた。

「もう、体は治ったのね? 平気?」

「……うん」

「良かった」

 抱きしめられた力は、強い。

「……ごめんね、藍。面会に行けなくて……心細かったでしょ」

 ごめんね、と囁きが藍を包む。

 藍、と碧が嘆いた。

「……怖かったね……」

「……」

「きよみたちが……何で、あんな……」

 姉が、声を震わせながら、友達の名を呼ぶ。

「ごめんね、藍……怖い思いさせて。あんなことに……行かなかったら、よかった……誘われたとき、ドライブ自体を止めていれば、もしかしたら……」

 悔いていた。そして、悲しんでいる。

 藍の疑念を、全て流す言葉と涙だった。あれは、ショックで気を失った自分が生み出した、愚かな幻影なのだ。

「お姉ちゃん……」

 姉の碧は、やっぱり碧だ。

 ごめんなさい、藍は喘いだ。

 碧の言葉は、間違いなく藍のお姉ちゃんだった。

 藍はそろそろと、碧の背中に腕を回した。

「お姉ちゃん、私ね……明日から、もう学校に行こうと思うの」

「そお? 焦らなくていいのよ」

 碧の体温の中で、藍は頭を振った。

 自分自身を、早く日常に戻してしまいたい。姉と手をつないで。

 家に帰って来た。

 その次は、学校だ。

 日常のパーツを、もう一度組み立てなおそう。そうすることで、貴代美先輩たちとの思い出を、綺麗なものに戻してしまうのだ。

 碧の腕の中で、藍は安堵と決意の涙を静かに流した。



 聖光女子学園は、明治時代に渡日したカトリックの婦人宣教師が、裕福な家庭の子女に、英語を教える塾を開いたところから歴史は始まる。

 最初の女子生徒は、一〇人足らず。しかし、戦争を生き延び、高度経済成長期を迎えて学び舎は変貌し、拡張していった。

 今では中等部と高等部合わせて一一〇〇名。職員は二〇〇名。

「品行方正」を理念として掲げ、学問だけではなく、芸術や国際交流にも力を入れ、卒業生には学者だけでなく、文学者や芸術家も輩出している。

 緑静かな里山を、そのまま学園の敷地に利用していて、自然の樹々に囲まれた、緩やかな坂道を歩いていくと、重厚なヴォーリス西洋建築の学舎群が現れる。

 カトリックの静謐な空気の中に、広い芝生、愛らしい小道と中庭。

 中等部と高等部だけの学園に関わらず、図書館に文学館、記念館にコミュニケーションセンター、音楽ホール、地元の芸術家の作品を収集した美術館も揃う。その豪華すぎる設備は、世間的にも高い評価を得ていた。

「……じゃあ、本当に教室まで一緒にいなくても大丈夫ね?」

 高い校門に入ってすぐ『マリアの泉』の噴水前で、碧が藍に念を押した。

「大丈夫」

 藍は頷いた。台座に立つ白いマリア像の噴水前を、姉妹の横を、幾人もの女子生徒たちが通り過ぎていく。

 時折、ぶつけられる視線を感じた。あからさまな好奇を見せる娘はいなくても、事件の噂は広まっているに違いなかった。

「……何かあったら、私のところまで来るのよ。良いわね?」

「うん」

 藍は頷いた。

 同級生が、下級生が、憧憬の目を碧に向けながら過ぎて行く。

「行ってきます、お姉ちゃん」

 碧の笑顔に見送られ、藍は校舎に入った。

「……」

 靴を履き替える。階段を上がり、廊下に出る。

 修道院を思わせる、禁欲的な黒光りする木の廊下。すれ違う生徒たち数人が、藍を見て振り返った。ひそやかに耳打ちしている。

 藍は見ないふりをした。

 教室が近づくにつれ、動悸がしてきた。

 死んだ美香と、紗代の顔が浮かび上がってくる。

 藍は何度も深呼吸をした。

 死んだ友達二人。その死にざまは記憶の箱に閉じ込めて、鍵をかけたはずだ。そのまま忘れるべき風景だ。

 あの日に死んだ皆のために、姉妹が出来ること。それだけを考えなくては。

 クラスメイトたちのざわめきが近づく。教室入り口まで来たとき、その波はいっそう強くなった。

 ドアに手をかけた。そして、引いた。

 教室が、水を打ったように静まり返った。

 教室の奥と脇に、花が飾られている無人の席が、二つ。

 藍は顔を上げた。足を踏み入れる。ここで歩みを止めれば、自分はずっと自分を嫌いになるだろう。負ける訳にはいかない。

――死にぞこない

 小さく、しかしはっきりとした悪意が耳に滑り込んだ。

――人殺し

 思わず、藍は教室を見回した。

 教室がざわめいた。互いを見て、藍を見る。

 誰の声か、どこから聞こえてきたのか、小さすぎて分からない。

 ――恥知らず……

 また、聞こえた。

 あそこだ。藍は教室の一番奥を見た。藍を見て、ひそひそと耳打ちし合っているクラスメイトの三人。藍を見た時、口元が意地悪く歪むのを見て、確信する。

 あんな人たちに負けるものか。

 お腹に力を入れた。震える足を心で押さえつけ、藍は自分の席を見つめ……

「あい!」

 ここにあるはずのない、力強い声に藍は顔を跳ね上げた。

 ドアから入ってきた姿に、教室がどよめいた。悪意の静寂が消えた。

 二年の教室に、上級生が入ってくるのは、まずあり得ない。それなのに。

「お姉ちゃん!」

 教室に漂っていた陰湿な空気を薙ぎ払い、碧が藍に歩み寄ってきた。

「心配性は良くないって分かっているし、藍に怒られるかもと思ったんだけど」

 碧の視線が、教室の一点を射抜いた。

「気になったのよ」

 さっきの三人が、慌てたように姿勢を正した。

 蒼ざめた顔でうつむく数人を視線で切り捨て、碧は悠然とクラスの中を見回した。

「じゃあ、皆さん。私の妹をどうぞよろしくお願いします」

 朗々とした声が、明らかに藍への空気を変える。

「お姉ちゃん、ホーム・ルームに遅刻しちゃう……」

「ああ、本当ね」

 碧は教室の壁時計を見やり、そして教室に入ろうとして驚いた顔の、藍の女性担任に気がついた。

「お邪魔しました。じゃあね、藍」

 くるりときびすを返して、教室を出ていく後ろ姿は堂々としたものだった。

 強く美しい女神を思わせる、凛々しい姉に、藍は泣きそうになるのを堪えた。


 碧の朝の登場によって、明らかに藍へ対する空気が変わった。

 あちこちから、励ましや同情の言葉をかけられた。

 担任の野田恵子教師から、昼休みに指導室に呼ばれたが、藍の不安や緊張はその時には、だいぶ和らいでいた。

 敬虔なキリスト教徒である野田教師は、命を落とした四人のことを何度も悲しみ、藍の無事を神に感謝していると言い添えた。

「全ての苦しみから解放され、罪が赦され、あの子たちは皆、神の元にいると、私は信じています」

「私も、そう信じています」

 藍は心からそれを望んだ。

 キリストでも、仏教でもどんな神様でも良い。

 藍は想う。貴代美たちは皆、天国にいると。

 だからこそ、生きている者が、あの光景を忘れて無にしなくては。

……指導室を出ると、同じクラスの可奈子と美雪が駆け寄ってきた。

「湖川さん! 大丈夫だった?」

 藍は顔を振って微笑んで見せた。

「良かった。最近、野田先生だけじゃなくて、職員室全体がピリピリしてるから」

「全体?」

 藍は二人と廊下を歩いた。窓の外からは、ステンドグラスのある礼拝堂と、芝生で戯れている女子生徒たちが見える。

 可奈子が声を潜めた。

「一年生が二人、夏休みが終わってから家出したまま、行方不明らしいの」

「書置きみたいなものは、見つかったらしいけどね。二人で遠いところに行くとか、そんな感じ」

 藍は知らない生徒だったが、美雪がその内の一人を知っているらしかった。

「お母さんと、同じお茶教室のお弟子の娘さん。その家、すっごく両親の仲が悪いらしくて、もう家庭の中が険悪だって。それで、娘が悩んでいたらしいよ」

「もう一人も、似たような家庭環境で、悩みを打ち明けあう同士だったとか」

 藍は同情した。幼い時に両親は離婚して、父親の顔はほとんど覚えていないが、父がいた頃の、あの家の空気の冷たさは、小さいながらも憶えている。

「旧校舎の花壇が、荒らされていたりとかね」

 可奈子が嘆いた。

「最近、色々あるなあ、もう……」

 言いかけて、口をつぐむ可奈子に藍は頷いた。

「気にしないで」

「湖川さんのお姉さん、綺麗でカッコよかったなあ」

 美雪が話題を唐突に変えた。

「妹想いよね。ホーム・ルーム遅刻覚悟で教室に乗り込んでくるんだもん」

「もう、あの子たち何も言えなくなったよね」

「成績も優秀で、書道の展覧会でも入賞しているし、三年の間でも、外部組も内部組からでも、一目置かれているんでしょう?」

「うん」

 藍はこんな時は、素直にうなずく。

 姉の碧から、一歩も二歩も下がっている妹だと自覚しているし、母の佳子からもそう扱われている。

 自慢と劣等感が混じる。でも、碧は優しい。

 そして、今は以前のような姉妹ではない。事故で生き残った、同じ罪を背負った共犯者であり、一緒に友達を失った悲しさを慰め合える仲間でもある。

 自分と同じ気持ちで、日常に帰ろうとしているのだ。

「……本当はね、お姉ちゃんが入学したこの学校に、受験するの嫌で嫌でしょうがなかったの」

 言葉が、ふとこぼれた。

「小学校も、中学校も、あのお姉ちゃんの妹ってことだけで先生に注目されて、妹は何だ、普通だって皆から落胆されてきたから」

 母は、凡庸な妹を優秀な姉に添わせたがった。落ち着かせるため、集中力をつけるためにと、小学校の頃から一緒に書道教室に行かせられた。

 ピアノも、絵画も碧と教室が一緒だった。

 碧は、全てにおいて非凡だった。コンクールの入賞常習者。しかし、藍はいつも選外。

 だから書道部も、本当は入りたくなかった。

 きっと、また落胆させる。しかし、貴代美は違った。

「……貴代美先輩、お姉ちゃんの妹の私を見て、言ってくれたの。碧の妹、違うタイプだ。可愛いじゃないのって。姉は完璧、妹は発展途中なんだって。書道も、まだまだ伸びるって」

 美香と紗枝は、碧という姉がいる藍を、無邪気に、ただ羨ましがってくれた。

 藍の足が止まっていた。

……優しい記憶が、零れ落ちる。

 涙が流れる。嗚咽が込みあがってきた。

 好きだった人たちとの離別、寂寥感。もう会えない素直な悲しみが、じわりと藍の身に染み込んでくる。

 美雪と可奈子の手が、一緒に藍の肩に回る。

 その温かな腕と、冷え冷えとした寂寥感を抱えて、藍は教室へ歩んだ。


 聖光学園の敷地、高台の一番端は、小さな林になっている。

 林の中には、使われなくなった礼拝堂がある。幽霊が出るという噂があって、夕方になれば、礼拝堂どころか、陰鬱な林に近づく生徒も、教師もいない。

「キリスト教徒って、悪霊とは戦うけど、幽霊はどうだったかしらね」

 碧は呟いた。

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