第11話 閲兵式

 アルフォンスと、その妹姫たちとの会食はフィーアにとって愉快な時間だった。

 兄王の言葉や態度の端々に、確かに双子たちへの愛情が伝わって、フィーアは軽い羨望せんぼうすら覚える。

 兄上様が生きていらっしゃったら。皆で、こんな穏やかな時を、過ごせたのか。

 私が語り、兄上様が微笑み、マゲンタロートや乳母たち、ディルがいて。楽しい時間を共に出来たのか。

 フィーアにとって、真に家族と呼べる者はとても少なかった。


 名残惜しく会食を終え、フィーアは閲兵式にのぞんだ。

 アルフォンス王の隣で、騎士団長と天法士団長代理の挨拶を受けるフィーアの横顔は、すでにいつもと変わらない。

 練兵場を行進する『漆黒の騎士団』の練度はなかなかのモノと見て取れる。フィーアはそれをつぶさに観察して、「見事です」と、感想を口にした。

「有り難うございます! 王太子殿下!」

 騎士団長のリド・ザークオーカーと言う壮年の男は、そう答えて豪放に笑った。

「ニクスの王太子殿下にお褒めいただいただけるとは! 我らの誉れです!」

 フィーアは鷹揚に頷いて、アルフォンス王と騎士団長の顔を交互に見た。

「時にアートルム王陛下、騎士団長殿。私と衛士たちに、練兵場の一部をお貸し願えないでしょうか。旅の道中で、身体が鈍っておりますゆえ。少し、鍛錬たんれんしたいのです」

「旅の空でも鍛錬をおこたらない、のですね。流石です、王太子殿下。わたくしは貸して差し上げても構いませんが、騎士団長リド・ザークオーカーはどうだろう?」

 アルフォンス王は小首をかしげて、オーカーに向き直る。

「おお! わたくしも否やはございません! どうぞご自由にお使い下さい!」

 オーカーは胸を張り、良く通る大きな声で即答した。

「……国王陛下、騎士団長殿。練兵場を使用するのは我らも同じ。そのように性急に取り決められては困りますな」

 いままで、沈黙を貫いていた天法士団長代理の男が、不意に声を上げた。

 ヴァローナ国の天法士団長は国王が兼任するしきたりであるから、この男は実質的な天法士団長だ。その細面は微笑んではいたが、声音はいささかも笑ってはいない。

「ラバーナム団長代理殿……」

 オーカーはこの男が苦手なのか、あからさまに表情が曇っている。

 アルフォンス王は眉を寄せて、ラバーナムと呼ばれた天法士団長代理を見た。

天法士団長代理プレ・フォスラバーナム。すまないね。君にもはかるべきだった。改めて、どうかな?」

「わたくしにも否はございませんが……わたくしは、ニクスの方々が、どの程度の実力をお持ちなのか知りたく存じます。一角とは言え、練兵場をお貸しするのです。我らのさまたげにならぬと確信が欲しい」

 天法士団長代理の言い草は、フィーアの衛士たちをざわつかせた。フィーアが、それを腕で制する。

「無礼ではありませんか! ラバーナム殿!」

 オーカーは苛立ちを顔に表して、天法士団長代理に詰め寄った。

「オーカー殿とて、ニクスの方々と手合わせしてみたいなどと仰っていたでしょう?」

「う……そ、それは純粋に騎士としての好奇心で……!」

「それなら、丁度良いではございませんか」

 狼狽うろたえるオーカーを尻目に、ラバーナムはフィーアに向き直って、不敵に微笑む。

「……王太子殿下。こちらの代表者数名とそちらの代表者で、試合っていただけませんかな?」

 自信があるのか、それとも裏があるのか。

 ラバーナムが、フィーアたちニクス国の一行を侮るというなら、容赦はしない。

「ふむ。無礼を承知でそれでも望むと言うなら、受けて立とう。我らとてこのままでは退けぬ。国王陛下、試合のご許可を」


 アルフォンス王が、渋々試合を許可する。五人の代表者が騎士団と衛士、それから天法士の中から選ばれた。

 こちらは、ディルを始めとする騎士が四人と天法士が一人。あちらも同じ数だ。

 始めはフィーアも代表者に入るつもりでいた。だが、王太子殿下を相手にしては気後れして公正な勝負にならないと言われて、アルフォンス王に止められてしまった。


 最初の試合は、年若い騎士と年若い衛士の、槍同士の戦いだ。

 これは、フィーアの衛士が難なく勝利を収めた。

 次の試合は、天法士の法術合戦。

 互いに天法を当て合うと命にも関わる。そのために練習用の的が用意され、それを素早く破壊した方が勝利する、というルールが決められた。

 これは、ヴァローナ国の圧勝だった。

 次の試合は、騎士と騎士とがメイスで競い合った。これも、かろうじてヴァローナ国の勝利。

 続く試合は、長剣を使う騎士同士の戦いで、これはフィーアの衛士が圧倒した。

 いよいよ、最後の試合。

 ヴァローナ国側は騎士団長、オーカー。

 ニクス国側は衛士長、ディル。

 この試合に勝った陣営が、最終的な勝利者だ。

「お前の実力、とくと見せてやれ、ディル」

「任せて置いて下さいよ。姫様」

 細身の長剣を手に、ディルは借り物の軽鎧を着てオーカーと対峙たいじする。

「貴殿には何の遺恨もありませんがね、ここは勝たせていただく」

「おう! それはこちらの台詞だ!」

 対するオーカーは、やはり軽鎧姿で、かなり幅広の長剣を携えてきた。

 どちらも、練習用に刃を潰してあるが、それでも相手に怪我を負わせるのに十分な重さだ。

 ディルとオーカーは、互いに一歩踏み込めば、相手の間合いに入るほどの近さに歩を進めた。

「……それでは最終試合、はじめ!」

 先に仕掛けたのはディルだった。普段のどこか眠たそうな腫れぼったいひとみは、その刹那で鋭く熱い光を宿した。

 一歩を踏み込みざまに、左上方から袈裟懸けさがけに長剣を振り下ろす。

 オーカーはそれを幅広剣で受け止めて、跳ね上げる。その勢いで、重い横薙ぎ。ディルは身をそらせて、刃はすんでの所で届かない。ディルが踏み込み、オーカーが受ける。

 切っ先と切っ先が、きんっと澄んだ音を立てて、何度もぶつかり合う。

 時折、繰り出される足技は、精確に急所を狙ってくるが、どちらも決定打にはならなかった。

 得物の重さでは幅広剣のオーカーが勝っているはずだが、オーカーの腕力はそれを感じさせない。

 ディルの剣は軽やかで、攻め立てる手数も多い。

 踊るように華やかに。二人の騎士が練兵場に舞う。

 一旦刃同士が組み合い、鋼がギリギリとこすれ合う音がする。剣ごしに、ディルとオーカーの視線がかち合い、二人はどちらともなく笑った。

 楽しい。打てば響くような好敵手だ。

 組み合っていた刃を離し、二人は互いに距離を取った。

「やるな! あんた!」

「貴殿もな!」

 向かい合ったまま、一呼吸。二人は同時に、相手の間合いに踏み込んだ。

 ディルの鋭い突き。全身のバネを使って、矢のように。手元から伸びる長剣。

 オーカーの幅広剣がそれを絡め取って、弾き飛ばそうとする。ディルは紙一重でかわして、オーカーの懐に入り込んだ。

 二人の剣舞を見守っていた観客たちは、固唾を飲む。

「……勝負あったな」

 フィーアが静かに呟いた、その刹那に。

 オーカーは地面に引き倒され、ぴたり。ディルの切っ先が、オーカーの鎧の隙間に当てられている。このまま力を込めれば、練習用の長剣と言えども致命傷を与えられるだろう。試合の緊張に、ひやりと春の大気さえ冷たく冴えて。

「し、勝負あり! 勝者はニクス国、衛士長殿!」

 試合の行方に固唾を飲んでいた、審判役の騎士が宣言する。ゆっくりと、ディルは長剣を納めた。その眸に宿っていた必勝の鬼気はなりを潜め、ディルはいつも通りどこか眠たそうな腫れぼったい眼でオーカーを見る。

 オーカーは長く息をつき、「お見事でした! 衛士長殿!」と、破顔した。

 ディルはオーカーに腕を貸して引き起こし、二人は互いに一礼する。

「……これで、我らの実力とやらを解っていただけたかな? 天法士団長代理」

 フィーアが、微笑んで告げる。ラバーナムは、苦虫を噛みつぶしたように一瞬顔をしかめた。

 だが、平静を取り戻したのか、「どうぞ、わたくしのご無礼をお許し下さい、王太子殿下」と返答した。

騎士団長リド・ザークオーカー、衛士長リド・エルス殿。大儀でした。素晴らしい試合でした。これで、ニクス国のお客様がここを使用する事に異論はないな、ラバーナム」

 アルフォンス王は静かに、だが、有無を言わさぬ迫力で天法士団長代理を見据える。

 ラバーナムは最上級の礼をとり、アルフォンス王に首肯しゆこうした。

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