第35話 雨降って地固まる

 告白に成功したことで見事彼女いない歴=年齢から抜け出し、青春の第一歩目を踏み出した俺だったが、実のところ手放しに浮かれてはいられなかった。


 そりゃもちろん、マユミが彼女になってくれたことはこの上なく嬉しい。天にも昇る勢いで、今にも叫びながら校舎を一周したいくらいの気分だったが、いかんせんこれ以上教師たちに目をつけられるのはまずかった。


 というのも、放送室を乗っ取った上に放送で恐喝まがいなことをしたということで、見事に俺は一ヶ月の停学処分を言い渡されたのだった。


 まぁ当然と言えば当然だが、退学まで追いやられなかったのは不幸中の幸いというものだろう。


 これもまた、ヒロキが「お昼の放送にもってこいのエンタメだったのでつい鍵を開けちゃいました」と、その点においてのみ共犯の罪を被ってくれたおかげだった。


 早速マユミは「停学処分された不良の彼女」という立場になってしまったわけだが、やはりというかなんというか、クラスメイトからは心配&反対意見が相次いだ。


 「えっ、あれOKしちゃったの?」「やばいって、須田じゃなくても他にいるでしょ」など好き勝手言われ放題だったが、本人は苦笑いを浮かべながらも「いいの、私も好きだから」と強気の発言をしてしまったばかりにクラス内は猛烈に熱狂していた。


 さすがの俺も逃げた。


 逃げた先の校舎裏の自動販売機前には、クラスの熱狂とは相反して疲れた表情を浮かべた生徒が一人、花壇の縁に腰かけていた。


「邦忠……おめでと」


 手に持ったレモンティーに視線を落としながら、ぼやくようにアリサは言った。


「あぁ、ありがと」

「文化祭のカーテンさ、あれやったの私なんだよね」


 さりげなくそう言ってアリサは身体を勢いよく反りながらレモンティーをググっと煽る。


 突然の告白に面食らいながら、俺は黙って彼女の言葉を待った。


「ついでに成瀬たちをけしかけたのも私。でも結果は惨敗。それどころか告白するためのネタに使われちゃうなんてね」


 顔を俯けながら、自嘲するように小さく笑う。


 事の真意を聞くため、俺は彼女から目を逸らさず尋ねた。


「なんで、そんなことしたんだ」


 すると、睨むような視線でこちらを一瞥してから、また虚空を眺め、

「……そんなことわざわざ聞くくらい、邦忠がニブイからだよ」

 そう言って、空になったレモンティーの缶を近くのゴミ箱に向けてぞんざいに放り投げた。


 アリサはそのまま立ち上がり、俺とすれ違う形で校舎に向かう。


「停学にさせちゃってごめんね。もうこれ以上は何も嫌がらせしないから安心してよ」


 呟く彼女の表情は、俺がいる位置からは窺い知れない。


 静かに立ち去るその姿はあまりに寂し気に見え、俺はあの時抱いた怒りなんかも忘れて、

「アリサ!」

 ついその背中を呼び止めてしまった。

 俺にできることなんか何もないというのに。


「……何」


 返事はしてもただその場に立ち止まるばかりで、アリサはこちらを向いてはくれない。


「その、ごめん」


 だから俺も、謝ることしかできなかった。


 ひときわ強い風が通り抜ける。校舎を囲うように植わる背の高い木々が新緑をさざめかせながら小さく揺れていた。


 その風に当てられたように、アリサは小さく肩を震わせながら、

「謝られたって、何も報われないよ」

 上ずる声でそう答え、彼女は最後まで振り返ることなく俺の前から歩き去った。


  ………………………………


 そうして次の日から、俺の謹慎生活が始まった。


 と言っても、次の日は文化祭当日だったわけだが、そのあたりはさすがの学校側も容赦なく「出入り禁止」を言い渡してきた。


 まぁ元々そこまで文化祭に対して熱心でもないので、それ自体はいいのだが。


 後日ヒロキから来たメッセージによると、

「小美濃、みんなに勧められて店員用衣装着てたぞ。見られなくて残念だったな。もちろん、写真は撮っておいたけど、すだっちには見せない方がいい反応してくれそうだから俺のスマホに封印しておくね」

 ということだった。


 悔し涙を流しながら、学校近くのラーメン屋にヒロキを呼びつけ、何も言わず一杯奢った。マユミの店員姿は天使のように可愛かった。


 さすがに謹慎生活も飽き飽きとしてきた梅雨の頃、俺がずっと家にこもってることを心配したマユミが、

「次の週末、新宿にお出かけしない? またタピオカ飲みたいな」

 と誘ってくれて、じめじめしたこの季節にあてられた陰鬱な気分も一瞬でぶっとんだ。


 しかしぶっ飛んだのは気分だけで、やはり強力な梅雨前線の雲はそう都合よく動いてくれなかった。

 約束した週末は変わらず雨。にも関わらず、以前デートした時と同じように新宿の街は人でごった返していた。


「うわ、こりゃ余計見つけにくいわ……」


 例によって待ち合わせ場所とした東口交番前でマユミの姿を見つけられず、思わずぼやいてしまう。

 みんながみんな傘を差しているせいで、身長が高い分見下ろす形になってしまう俺からすると、ほとんど道行く人の顔など見えなかった。


 これでは初対面で顔が分からずにマユミを探していたときとなんら状況が変わらない。

 思わずしかめ面をしていると、交番の中から外を眺めていた警察官が俺を睨んでいた。


 またか……と思いつつにらめっこしていると、ちょいちょい、と服の袖を引っ張られた。


「邦忠君、お待たせ」


 気づくと、俺の脇の近くにちょこん、とマユミが立っていた。

 脇の近く、というのも、なんだかこう、近いのだ、いつもより。


 俺は急激に心拍数が上がっていくのを感じ取り、咄嗟に後退りしてしまい、

「お、おぅ! 気づかなかったよごめん」

 と言って片手を頭の裏に回しつつ、苦笑いを浮かべて誤魔化した。


 しかしそんな反応が気に食わなかったのか、マユミは小さく頬を膨らませ、ぷいっと顔を背けてしまった。


「……ごめん。えっと、その……」


 思わず挙動不審になる。


 ただ、もう迷う必要はない。


「……行こうか、マユミ」

 そう言ってさりげなくマユミの手を握った。


 瞬間、彼女は手を震わせわずかに反応してから、

「……はい、いきましょう」

 恥ずかしそうに小さな声で返答してはゆるく微笑み、その手を握り返してきた。


 こうして初めて握った彼女の手は、想像していたよりもほんのり暖かかかった。

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時代遅れの不良少年、マッチングアプリを始める 藤咲准平 @hnfujijun

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