第34話 厚顔無恥の大告白

「急げヒロキ、何かあってからじゃ遅い!」

「待てって、今やってるから」


 急かす先で、ヒロキがガチャガチャと鍵束の中から複数の鍵をいじっては扉の鍵穴に差し込んでいた。うちの学校の校舎は全体的にどこか古めかしく、こういった一部の人間しか入れないような場所にはアナログチックな鍵を使わないと入れないようになっていた。


 俺たちが入ろうとしているのはその中の一つ、放送室。昼の放送を担当する、放送委員のヒロキだからこそこの鍵を借りることができた。そして俺はそんなヒロキを脅して、無理やり放送機材を使う、という設定だった。


「お前、こんなことして後から何言われっか分からねぇぞ」

「そんなこと言いながらお前だってノリノリじゃねぇか、顔ニヤけてるぞ。いいから早く開けろよ」


 俺が言うが早いか、ヒロキはアタリの鍵を見つけ、ガチャッと小気味良い音を出しながら扉を開けた。俺たちはそのままの勢いで中になだれ込む。


 部屋の中は昼間にも関わらず薄暗く、電気をつけなければそこに何があるかも視認できないような状況だった。


 ヒロキが入り口にあったスイッチを押して蛍光灯を点灯させると、目の前にはなんだかよく分からないスイッチやらマイクやらの機材がずらりと並んでいた。機材が並ぶその前には大きな窓があり、さらにその先には校庭があるはずだが、カーテンが締まっているため外を眺め見ることはできなかった。


「すまんヒロキ、この機材全然使い方が分からん!」

「まぁそうだよな、だからついてきたんだが」


 そう言ってヒロキは隣でしゃがみ込みながら、いくつかの重なっている平たい機材を弄り始める。


 パチッ、とスイッチのようなものを押したところで、機材に電源が入ったのか、そこかしこで赤いランプが灯り始める。

 そのままヒロキは卓のつまみをいじったり、マイクの調整を始めた。


 放送機材の準備をヒロキに任せ、俺は目の前のカーテンをバサッと広げて薄暗い部屋の中に自然光を取り入れた。隣でヒロキが「うわっ、眩しっ」と不満の声をあげている。


 開いたカーテンの先にあった大窓から校庭を見渡す。

 みんな明日の文化祭に向けた準備に余念がなく、昼休みだというのに懸命に作業にあたっていた。アーチを調整する大道具係や、入り口前特設ステージでの見世物の一種か、複数人でダンスの練習をしている生徒もいた。


 そんな中、木陰に三人の女生徒の姿が目に入った。


 遠くからでも目立つ金色の長髪の女生徒はおそらく成瀬で、隣でだるそうにしゃがみ込んでるのは高山、そして成瀬に脅されるように木に寄り添っているのは間違いなくマユミの姿であった。


「おいヒロキ! 早くしてくれ、さっさと止めないと取り返しのつかないことになる!」

「マジかよ! もう少しで準備できるから待ってくれ」


 逸る気持ちを裏切る形で、ふと成瀬が動きだす。かと思いきや、あろうことかマユミの髪の毛を乱暴に掴み、引っ張った。


「おい!」


 思わず俺は叫ぶ。

 しかしその声は届かず、引っ張る成瀬の力に負けてマユミは土埃をあげながら地べたに倒れ込んでしまった。


「クソ、あいつ!」


 座っていた椅子にいら立ちをぶつけるように蹴飛ばすと、隣でヒロキが「危ねぇ!」と声を上げていた。


「もうすぐ使えるようになるから気持ちの準備でもしてろ! 放送範囲はどうする」

「学校全体だ!」


 反射神経でそう答える。思考する余地などなく、ドクドクと全身が脈打つのを感じていた。


 早く止めなければ。今俺ができることはマユミの周りの敵を蹴散らすことだけだ。


「オッケー、準備できたぞ。あとはそこの青いボタンを押しながらマイクでしゃべれば、その声は校舎全体に響き渡る」


 ヒロキの説明を聞くや否や、俺はヒロキを押しのけるようにしてマイクの前に立つ。そして、その勢いのまま、何をしゃべるかも考えぬままに、昂る気持ちを言葉に変える。


「おい成瀬ぇぇぇぇぇぇ!」


 キィィィィンと、ハウリングが鳴り響く。

 咄嗟にヒロキが「うっせぇよ」と呟きながら、つまみを下げるのが見えた。


「てめぇ今自分が何やってるか分かってんだろうなぁ!」


 窓から眺めていると、一体何が起こっているんだと言わんばかりに、成瀬はあたふたと周りを見渡していた。同じように高山も、事態が把握できないのかいつものように手にはスマホを握りつつも、視線は虚空を泳いでいた。


 俺は一息置いてから、力強くはっきりと自分の中で決めていた言葉を口にする。


「俺のマユミに何してくれてんだてめぇ!」


 その言葉はあまりに滑稽で、いつの時代の男児の言葉かとツッコミを入れたくなるような一言だった。が、昔の俺が目指してきた男子像というのはこういうものなのだ。だから俺は誰になんと言われようと、理想を貫く。


「今だって全部見てっからなぁ! これ以上マユミを傷つけでもしてみろ。おめぇを外歩けねぇ面にしてやるからなぁぁぁぁぁぁ!」


 物騒な言葉をできる限りドスを聞かせて叫ぶ。これでもう、良くて停学ってところか。


 成瀬は隣にしゃがみ込む高山の肩を叩き、何やら呟いていた。そしてそのまま歩き去ろうとしていたが、去り際に何やらマユミに声をかけ、最後に足元の砂を蹴って彼女にかける。


「見てるっつってんだろボケが! 砂かけてんじゃねぇ、しばき倒すぞ!」


 と、俺が叫ぶと二人はすたこらと校門に向かって走り去っていった。


 よかった、とりあえず難は逃れたようだ。

 だがまだ言わなきゃいけないことがある。


「あと二年五組で隠れてカーテン引き裂いたりマユミに嫌がらせしてるクソ野郎! 誰だか知らねぇけど見つけ次第叩き潰すから覚悟しとけよ、次はねぇ!」


 今朝の騒動と、先日の人知れず俺が闇に葬った事件の犯人に釘を刺す。もう二度とあんなことは起こさせないという宣言であるとともに、俺自身への誓いでもあった。


「そして最後に、小美濃マユミ!」


 俺の声がスピーカー越しに響くと、倒れていたマユミはスカートについた砂を払いながらゆっくりと立ち上がった。その表情は未だ状況を掴めないとばかりにきょとん、としている。




 昂る気持ちを少しでも抑えようと、一度胸に手を当て目を瞑り、深呼吸する。


 吸い込んだ息を一度吐き、もう一度大きく吸ってから、今までため込んだすべての想いを伝えるために、俺は大きく口を開け、


「須田邦忠は、お前のことが、好きだぁぁぁ!」


 学校内はおろか、町内全てに響くような大声で、告白してやった。


 言ってから、「すぅー」っという俺の息遣いをマイクが拾ってしまい、言った後で妙な恥じらいを覚えた。


 マユミはというと……せっかく立ち上がったにも関わらず、その場で腰を抜かし、ぺたんと座り込んだまま完全に硬直してしまっていた。


 校庭の生徒たちがざわめくような声が聞こえる。隣ではヒロキが終始ニヤニヤしていて気持ち悪かった。


 ほぼ同時に、どたどたと廊下を駆ける複数の足音が聞こえた。おそらくこの部屋に向かってくるものだろう。騒ぎを聞きつけた教師たちに違いない。


 するとヒロキは俺を手招いて、「あっちだ」と放送室の奥の扉を指差す。


「行ってやれよ。あの扉から校庭に出られる。教師が来ても全部お前のせいにして、なんとかしとくから」


 そう言って、心の底から面白そうに笑いながら、ヒロキに背中を押される。


「……サンキュな」


 小さく一言だけ呟いてから、言われた通りに扉に向かって走っていく。

 埃にまみれたその扉の鍵を開け、足元に散乱する邪魔な荷物を足で払いながら急いで校庭へと飛び出した。


 マユミは放送室から見た姿のまま、きょとんとした顔で地べたに座り込んでいた。俺が近づいてもその視線は変わらず虚空を眺めるばかりで、一切反応が見られない。


 さて、どうやって声をかけようか。


「あっ、あの……マユミさん……?」

 と、声をかけたその瞬間、ビクッと異常なほど大きく肩を震わせてマユミは我に返ったようだった。


 そしてこちらに向き直って俺の姿を確認すると、そのまま地面を擦るようにして土煙を上げながら後方に逃げていく。

 土煙が晴れると、熟れたトマトのように真っ赤に染まった頬が露わになった。


 戸惑うマユミを見て少し後ろめたさを感じ、俺はなんとなくかしこまりながら、

「えっと、マユミさん、その、いきなりすみませんでした」

 と、謝罪から入ると、

「……っ」

 目をきつく瞑りながらも、マユミは無言で顔をぶんぶんと高速に振り、ついでにいつものように両手を前に伸ばしてぶんぶんと振って応えた。


「成瀬と高山からの嫌がらせ、災難だったな……怪我とかないか?」

「……大丈夫」

「あいつら、またなんか言ってきたらすぐ呼べよ。俺が守るから」


 我ながらキザなセリフだなと、言ってしまってから反省しつつ、しかしマユミはそれを聞いてより一層頬を紅潮させる。彼女を眺めているとなんだか自分も恥ずかしくなってしまい、思わず視線を逸らしてしまった。


 いや、ダメだ。今日はしっかり気持ちを伝えるって決めたんだ。


「マユミ。その、改めて俺の気持ちを聞いてほしい」


 マユミと正面から向き合えるように、自分も腰を下ろしてその場で胡坐をかくと、まっすぐに彼女の目を見据えた。


「……はい」


 彼女は今にも泣いてしまいそうなほどに、うるうると涙を貯めている。それでも懸命に、俺から目を離さずに見つめ続けてくれた。


 一瞬息を呑んでから、改めて想いを告げる。


「俺は、マユミのことが好きだ。俺と、付き合ってください!」


 そう言って、俺は漫画でよく見たシーンを真似るように、頭を垂れ、右手を伸ばしてマユミの前に差し出す。


 少しあってから、その手はそっと優しく包まれる。触れてくれた彼女の手は、緊張からか少し震えていた。


 期待に胸を膨らませて顔を上げると、マユミは穏やかな笑顔を浮かべ、

「……はい」

 と、答えてくれた。

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