第73話 ごめんなさい

 とどのところ、つまるところ。


 私が自分自身に自信を持ててないのが原因だと想うのです。


 私を覆うこの境遇も、私がみそのさんとの関係に今一歩踏み出せていないことも。


 つまるところ、私の勇気のなさが原因だと想うのです。


 他の人が言ってくれることは、もちろんよくわかります。


 みそのさんも、まなかさんも、遠山さんも、隣の部屋の部長さんも。


 きっと、私のことを大事にしてくれているのだと想います。


 それでいいじゃないかとも想うのだけど、じゃあ、なんで問題は解決しないのかと言えば。


 きっと、私が悪いんだろうなと想います。


 もし、私がもっと社交的だったなら、もし、私の仕事の要領がもっとよかったら、もし、私が好きな人との関係の最後の一歩に怯えない人間だったら。


 そんな風に想うけど、残念ながら、私はそうじゃなくて。


 そうじゃないから、私はダメで。


 そうじゃないから、きっと私は。



 今、こうしてまた叱責を受けているのだろう。



 おっかしいなあ、結構入念に準備したつもりだったのに。


 おっかしいなあ、一杯反省して、頑張ったつもりだったのに。


 おっかしいなあ、先週の日曜日はあんなに幸せだったのに。


 なんで今、こんなに辛く辛くて仕方がないのだろう。


 どうしてお前はそんなに仕事ができないんだ。


 すいません。


 お前のせいで会議が遅れる、仕事も遅れる、これで他部署に迷惑をかけたらお前はどう責任を取るんだ。


 すいません。


 大体、お前はいつもそうだ、前回の会議でも、ミスをして。仕事を舐めてるんじゃないのか、ええ、どうだかいったらどうなんだ。


 すいません。


 何も言い返せないと言うことは、そうなんだろう、やはり仕事を舐めているんだ。いいか、こんなに仕事ができないやつはいないぞ。お前は俺が見てきた仲でも最悪の新人だ。


 すいません。


 はあ、ったくなんで俺の所に来るのはこういうやつばっかりなんだ。入社の時、たまたま受かってラッキーとでも想っていたのか? あのなあ、社会を舐めるんじゃないぞ。お前のような奴なんてどこに行ったって駄目に決まってる。


 すいません。


 すいません。


 すいません。


 私が、悪いんだな。


 私が、おかしいんだな。


 私が、こんなにできないからいけなくて、私がこんなに無能だからいけなくて。


 私がこんなに、こんなに、こんなに、私だからいけなくて。


 ダメで、バカで、どうしようもなくて、誠意もなくて、何もかも、なくて。


 だから、私が、私が―――私が。


 心の奥で震える何かを必死にこぼさないように、私はじっと黙っていました。


 私が―――私が。


 そんな胸の奥に響く声だけを聞きながら。


















 ※


 お昼休みの時間です!


 今日は何と、みそのさんと待ち合わせをしています!


 一緒にランチを食べに行こうと誘われてしまいました!


 美味しそうなレストランがあって、そこに行ってみたかったから一緒に道とのことなのです!


 行くしかありません! 行くしかありません!


 辛いことなんて、苦しいことなんて、こんなイベントがあればへっちゃらです! 気にしてなんてられないのです!


 さあ、早く行きましょう! みそのさんとの待ち合わせ場所へ!


 その前に、お化粧が崩れていないかお手洗いへGOなのです!


 こらこら表情がとぼしいぞ! ほらもっと笑って、笑って!


 みそのさんと一緒に行くのだから、笑顔でないわけがないのです!こんな顔を見せちゃいけない


 喉が痛むから、お行儀よくうがいをしてがらがらぺっしてから行きましょう!


 さあ、楽しみです胸がドキドキ高鳴ります!痛くて痛くて仕方ない


 さあ、トイレを出たら玄関へみそのさんが待っています誰にも見られてないよね?


 みそのさんと挨拶、挨拶、元気がよくてちょっと引かれてしまいました! てへっ、反省!


 さあ、一緒に行きましょう。何かあった? 何にもあるわけないじゃないですか!言っちゃいけない言っちゃいけない


 楽しいお食事の時間なんですから、お仕事の話はなしですよ!言えっこない


 ほらほら、お店の場所は何処でしょう? スマホが上手く開けませんなあ?指が痛い。震えてうまく動かない


 さあさあ行きましょう行きましょう、足早にそそくさと楽しみですね!足の震えを隠せ隠せ


 さあ、お店に着きました! 並んでなくてよかったですね!ああ、よかった。これで喋らなくていい


 メニューはこれ! 即決即決、直感ですようまく見えない、決められない。わからない


 さあ、ご飯くるかなくるかな、あ、ちょっとトイレに行ってますね?気づかれちゃダメだ、隠せ隠せ


 いやはや、楽しいお昼休憩ですね!こんな時間を私なんかが邪魔しちゃいけない



 ほら。



 ほら。



 ほら。



 席に戻るんですよ。



 おトイレはもう済んだでしょう? そもそもしてなんていませんけど。



 そう行って、みそのさんの前から、涙が零れそうになるのを隠しにきただけなんですから。



 ほら。



 ほら。



 早く戻らないと、怪しまれてしまうでしょう?



 ああ、こんな涙腺なければいいんですけれど、しょっちゅう震えて不便なことこの上ありません。



 ほら、さっさと笑いなさい。



 ほら、さっさと声を出しなさい。



 ほら、さっさと。



 「ここねー? やっぱ大丈夫?」



 何事もなかったように笑いなさい。



 ほら。



 「ここね?」



 ほら。



 「どしたの?」


 ほら。笑いなさい。





 「…………」



 ほら。




 楽しい楽しい昼食ですよ。


 私なんかには勿体ないくらいの幸福ですよ。



 笑ってしかるべきでしょう? ありとあらゆる不幸なんて、おつりがくるくらいの幸福でしょう?


 

 ほら。




 ほら。



 笑わないと笑えないよ

 笑わないと泣きたいよ



 ほら。







 ほら。



 「ここね?」



 ほら、みそのさんは優しくて、心配しちゃうから。



 ほら、大事なお昼休みが台無しになっちゃうから。



 ほら、ほら。



 笑わないと。



 笑わないといけないのに。



 ああ。



 ああ。



 ああ。



 「どーしたの」



 聞かないで。



 「なんかあった?」



 尋ねないで。



 「ほら、言ってみな」



 ああ。



 ああ。



 「よしよし」



 ああ。







 「ごめんなさい」




 ごめんなさい。



 「ごめんなさい」

 ごめんなさい。



 「ごめんなさい」




 こんな私で。



 「ごめんなさい」


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