第72話 休日の過ごし方

 仕事がない日にすべきこととは?


 休むことだよ。何においても。


 あとできるのなら、自分の身体と心が望むことをしてあげること。


 美味しい物を食べるでもいいし、暖かいお風呂に入るでもいいし、たっぷり眠るでも構わないし、どこかへ出かけるのも悪くない。


 なんにしても、自分の心と身体と向き合って、答えを出せるなら何でもいい。


 そういう意味では、今日は色々とオンパレードだ。


 ここねと二人で休日の街に繰り出して、まなかさんのおつかいでちょっと有名な神社へとお供え物をして、美味しい物を食べたし、そして今温泉にも浸かりに来ている。後はかえって早めに眠れば、それで満点。


 日常の繰り返しで、傷ついて疲弊した身体と心をゆっくりと休めて傷を癒す。


 人間としての当たり前の欲求と、当たり前の休息。


 ぼへーっとそんな時間を過ごしながら、ついでに日ごろのもやもやとした何かをぼんやりと整理する。


 ……知識としては重々わかっていたことではあるけれど、実は実践できたのって下手したら今日が初めてなのかもしれない。


 まなかさんを想っているとき、その重りはずっと私の肩に合った。絶対に叶わない想いと諦めきれない矛盾、踏み込まなかった後悔と諦念。


 どれだけ誰かとはしゃいでも、どれだけ一人で安らいでも、ずっと胸の奥の方に黒い重しが乗っているようなそんな感覚。


 そういえば、私ぼーっとする時間って今まで嫌いだったよね。


 だって嫌でもまなかさんのこと考えちゃうし。


 そう想うと、今、私は社会人になって初めて、まっとうにぼーっとしているのかもしれない。


 まっとうにぼーっとしてるって、ちょっとよくわかんないけど。


 今すぐ解決すべき問題は何もない。


 しいて言えば、ここねとここねの上司の関係はあるけれど、それに関して私が出来ることはあまり多くない。この前、まなかさんに荷物をとりすぎてはだめと、くぎを刺されたばかりだし。


 ここねの人生はここねのものだ。


 助けを呼ばれているならまだしも、勝手に彼女の問題を取り上げては、彼女が自分の人生を自分の意思で解決することが出来なくなる。


 だから、干渉は最小限に求められているかどうかはよく見極めて、それでも手遅れになりそうだった迷わず助ける。


 頭の中で整理していて、想うけど、それってなかなか難しくない?


 時と場合もそうだし、相手によっても違うだろうし、お互いの価値基準が違えばなおのことだ。


 にんげんかんけーって難しいねと、ぼんやりとサウナの天井へとぼやいてみる。


 しばさきみその、齢アラサーにして人生のしんりをしる。


 みんなそんなこととっくに知ってる? そりゃそうかも。


 つーか、ぼちぼち私アラサーか、もはや。


 いや、アラサーぺーぺーだし、こんなこと言ってたら二つ上のまなかさんにぶん殴られるんだけど、正直まったく成長した気がせんわ。大学生あたりから人間性が一ミリも変わってない。アラサーと言えばあれですよ、世のそれなりの人たちは家庭を持ち始めて、程々な地位を得ているころですよ。


 その頃には自分も多少はしっかりしてるとか想ってたけど、別にそんなことは全然なかった。みそのさんは三十路の峰が見えてきても、まだにんげんかんけーむずかしーとか宣っております。ええ、まったく。


 とまあ、与太話は置いておいて、大事なのは今の話だ。


 今、私はサウナで独り天井を見て、まぬけに口を開けている。


 あーつーい、と身体から漏れ出る何かを感じながら、サウナ室の中でベーコンか何かの気分を味わってる。身体の内から外から、じんわりと火を通されてきっと今の私のお肉はさぞ美味しいことだろう。


 ここねは今、隣にいない。


 っていっても、何か問題があったわけじゃなくて、着替えにちょっとかかるらしかったので私が先に温泉へと出てきただけだ。それで独りサウナと相成ってるわけですな。


 とまあ、これが朴念仁的な対応なわけだけど。


 一応、私に肌を晒すことをためらわれたのは理解できてる。


 お互い、心の距離が少し変化して、私もややこしい事情が一気に取り払われたこともあって、少しばかりそういった距離感が変化している時期なのだろう。


 以前は大分、恥ずかしがりながら見せてくれたけど、今は少し事情が違う。好意があるとわかっていても、どこまで踏み込めるかは実は微妙に違う。そういう機微は一応、理解はしてるつもりだ。


 私が躊躇いなく肌をされせるのは、私を性的にみられることはないと高をくくっているからってだけだしね。


 私の隣でサウナを堪能してるおばちゃんやらお姉さんがいるけれど、当然だけどみんなたいして身体は隠してない。まあそりゃそうだ、私だって隠してない。


 人はやっぱり、自分が性的対象に晒せると言うことに警戒を抱くものだ。ちゃんと信頼関係を築ききった相手でも、本当に些細な機微は意外とわからないものだしね。


 そう想うと、こういう公衆浴場は私みたいな指向がいない想定で作られているわけだよねえ。いや、私も見ず知らずの人の裸をみていちいち興奮するほど節操なしでもないけれど。いいお尻だなあとか、いいおっぱいだなあくらいに想うだけだ。うん、やっぱ、追い出されてしかるべきなのかもしれない。知らんけど。


 それにしても、こういう葛藤があるんならお風呂は止めといたほうがよかったかな。


 前行けたからいけるでしょ、くらいのノリで来てしまった。


 我ながら、いかんいかん。


 ほどほどに切り上げて、さっさと家に帰ってゆっくりしようとそう想った。


 変に悩まないで、ゆっくり過ごせるのが一番だしね。


 そう想って、サウナを出た後、身体を流してから、いそいそと水風呂へと浸かりにいった。


 「「あ」」


 少し身体を震わせながら、水風呂に片足を突っ込んでいたら、ちょうどここねが通りかかった。当たり前だけど、風呂場なので前を少しタオルで隠す程度の裸身だ。ま、私はタオルを肩にかけてる完全すっぽんぽんスタイルなのですが。


 あんまり見られたくないかなあと思って、なんとなく目を逸らした。


 前のお風呂場でも想ったけど、綺麗で細い身体ですこと。若さっていいねえと、思わず独り言ちてしまう。


 「みそのさん、サウナ入ってたんですか?」


 「そだよー、ここねも入ってきたら?」


 そうやって背中越しに会話する。ま、方便だけどねえ、私の傍から離れてもいいような口実だけ作ってあげる。


 「そうですね、行ってみます」


 「うん、いってらっしゃーい」


 そんなやり取りを終えて、私は思わずふうと息をつく。丁度、身体もゆっくりと水風呂に入って、身体の血のめぐりを感じてる。


 ちらりと後ろを振り返ったら、どうやらここねは本当にサウナに入ったらしい。小ぶりなお尻がサウナ室の向こうへと消えていくのが目に入った。


 そのまま、私が人語ではない何かを発しながら水風呂に入ること数十秒。


 ここねがサウナ室から、公衆の迷惑にならない限界の速度で勢いよくサウナ室から飛び出してきた。そのまますたすたと歩くと、私の隣へ水風呂にざぶんと浸かった。


 「………………大丈夫?」


 「は、はい……なんとか」


 ものの一分も入っていないはずなのに、ここねの顔は赤く染まっていた。全身も赤くなってるし。水風呂に入っていても、肌赤さがよくわかる。


 「真っ赤だねえ……そんなに暑かった?」


 「一緒に入っていた片が、こう、焼け石に水をばしゃーっとかけまして。むわっとして一気に……」


 「ははは、あっついよねあれ」


 言いながらここねは若干眼が回った感じで、ふひーふひーと息を整えている。私はその様に思わずくすくすと笑ってしまう。


 と、ここまでやりとりしといて、なんだけど。


 なんか意外と私に素直に身体を見せてきてる。


 水風呂に入ってるから当たり前だけど、前は隠してないし、水でちゃんとは見えないけど、それでも身体の大部分ははっきりと見えている。


 慣れないサウナでの混乱もあったかもだけど、……私に身体を見せたくないってのはもしかして思い過ごしだっただろうか。


 なんて、少しぼーっとしたけど、まあここねが気にしてないのに私が気にするのも変な話だね。


 なんでしばらく水風呂に浸かった後に二人で、横になれるところで特に話すわけでもなく呆けていた。 

 






 もし。


 仮に、相手のことが嫌いでないとして。


 その相手が自分のことを好きだと言っていて。


 それがまあ、別に居心地悪くないなあと、ぼんやりと想ってしまったとして。


 それ以上、距離を詰める障害も特になかったとして。


 それは、その人のことを確かに好きと言うのと、一体、何かが違うのかね。


 少し前なら、まあ、まなかさんのこととかあったわけだけど。


 今はそう言う問題も、言ってしまえばないではないですか。


 だとしたら、今私は、ここねのことをちゃんと好きだと言えるのかな。


 いや、多分、好きだと想うけどね。本人にはもう言ったし。


 だってさあ、あんだけ自分のことに頑張ってくれた子、好意を持つなという方が無体なもんですよ。


 つまるところ、方向性に間違いはないわけだ。


 あとは深さと速度の問題。


 どこまでなら好きを踏み込ませてもいいのか、どれくらいのペースなら好きを踏み込ませてもいいのか。


 好きの質の問題もあって、私は未だに自分の心持を少し測りかねている。


 だって正直、何時の日か、まなかさんに恋をしていた時のような、燃えるような高鳴りは今、感じてない。


 あの時、あの時間が私にとっての今までの恋の定義だったわけだけど。


 それに当てはまらない今の感覚を、私はどこまで信じればいいのだろう。


 胸の奥は熱くならない。ただ、心臓の奥がじんわりと暖かくなるだけだ。


 全てが相手に染まるような感覚もない。ただ、頭の隅にひっそりと彼女の笑顔があるだけだ。


 身体がどうしてもと相手を求める感覚もありはしない。ただ、それでも触れ合うことはきっと気持ちいいものなのだろうなと想うけど。


 全てを解って欲しいという想いもない。ただ知らないことを一つずつ知っていければいいと想うだけだ。


 君と一緒に居ると逸るような期待はないけれど、ただ静かな安心だけは感じてる。


 はてさて、この想いに私は何と名前を付ければいいのだろう。


 恋、じゃあないと想うんだけれどさ。


 なんてつけたらいいのかねえ。


 わからないから、わからないままに想ってる。


 ……うん、想ってる、それくらいがちょうどいいのかも。


 一人でそっとほくそ笑む。


 「みそのさん、なんか楽しいことありました?」


 「うーん、どうだろ、自分でもちょっとよくわかってない」


 「え、でもなんかすっごい嬉しいことがあったような顔してますよ?」


 「そーう、まあ、そうなのかもね」


 「ふーん、なんか変ですね」


 「意外とそんなもんじゃない?」


 この想いにいつか名前が付くのだろうか。


 まあ、別に明確な名前なんてつかなくて、もそれはそれでいいのかもしれない。


 恋も、愛も、情も、未練も、結局は想いに付けた名前でしかないわけで。


 結局のところは、どこまで相手のことを想っているかが重要なわけじゃないですか。そう想う、そう願う。



 まあ、それはそれとして、

 

 今日はゆっくり休む日なので、ふひーと心地よい汗を流しながら息を吐く。


 はてさて明日はどうなるのかな。





 ※



 「下着かわい」


 「や、あの、その、見ないで……ください」


 「あら、そう、でも可愛いじゃんよいね」


 「かわいいのにしちゃったのが問題なんです……」


 「ほーん……そーいうのは遠回しのお誘いに見えちゃうぞう、ここねえ」


 「ですよねぇ……あはは」

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