第49話 いつかの私といつかのあなたー⑤

 ふと想い出すと、まなかさんとの記憶はお酒が混じった記憶が多い。


 飲み会の席だったり、二人で家で飲んでいるときだったり。


 なんでだろ? と考えて、でも結論はすぐやってきた。


 お酒を飲んでいるときくらいにしか、私は素直になれなかったんだ。


 今もそうか、結局、こうでもしないと私は昔のことを喋ってられない。我ながら、年食った時にアルコール依存症とかならないといいんだけど。


 とりあえずまあ、話しの続きを考える。


 曖昧な脳みそで、出来るだけ主観的な脚色を抜きにして。


 私が歩んできた道を語りだす。


 ただそうやって語ってるうちに、脚色を抜きにするなんて、まあ無理かとため息をついた。


 人間だもの主観からはどうあがいたって逃げられやしない。


 事実、この話もまなかさんから見ればきっともっと別のお話に映るんだろう。


 それはそういうもので仕方ないけど、まああんまり自分に酔ったお話にはしたくないものだね。


 私のこの話はなんだろう。


 実を結ばなかった花の話だ。いや、どちらかといえば、結ばれることが無いと決まりきっていたのに、当人だけがついぞ知らないまま咲き誇り続けた、そんな話だ。


 ソメイヨシノは自家受粉できないから、その大半が、実を結ぶこともなく散っていく。


 それでも彼らは、彼女らは咲き誇り続けている。


 私の恋は、私の想いは、きっと、そういうものだ。


 それで多分、今の私は枯れた花だ。終ぞ実を結ぶことはなかったのに、自分は実を結ぶと信じて疑わなかった、そんな花だ。


 ああ、もう、はは。ばかみたい。


 はあ、泣きたい。


 でも。


 まあ。


 しないとね。話の続きを。


 なにせ目の前で、後輩が私の言葉を待っている。


 さ、続けようか。


 花が咲いて、そこからただ枯れていくだけのそんな話を。





 ※




 恋の自覚、というものをしたのは何だったかな。


 ………………。


 あー…………。


 うん。


 えっとね、一人でしてた時。


 うん、えっと、その。何を。


 ………………うん。ごめんね、ほんと色ボケで。私こんな話ばっかだな。


 ……独りでしてた時、まなかさんの顔が浮かんだの。


 ちょうど、キスの話を聞いたすぐだったかな。


 なんとなくむらっとしたなあって想って、し始めて、でふとした瞬間に思い浮かんだの。


 あー…………こっぱずかしい。今までで、一番恥ずかしいかも。なにこれ羞恥プレイ?


 …………目を閉じたらさ、勝手にまなかさんのこと考えてた。


 抱きしめられるところとか、触れあうところとか、……あとキスするところとか。


 罪悪感凄かったよ? 知ってる人をそういう妄想の中に巻き込んじゃうのって、やってから滅茶苦茶後悔したもん。


 そもそもそれまで私、そういうことなんて知識で知ってはいてもほとんどやったことなかったし。ほぼ初めてして、……その相手がまなかさんだった。


 自分でもわけわかんなくて、しばらくまなかさんと、ちょっとよそよそしくなったりしてね。


 いや……うん、自業自得もいいとこなわけなんだけど。


 あんときは気まずかったなあ…………。


 普通にしてんのに、触れられるだけで、胸が高鳴ってるの。まなかさんスキンシップ多いからさ、肩とか腕とか触られるだけで、落ち着かない。感触に意識がもってかれて、馬鹿みたいに動揺しちゃって。


 …………どうやって、関係もどしたのか? えと……うん、それはね……もーっと恥ずかしいんだけど。


 ばれた……からかなあ。


 …………ある夜、寝る前に致してたらね。


 まなかさんが部屋に入ってきたの、なんだっけ借りてた本を返すとか、そんな用事だったと想うけど。ノックもなしにがちゃって開けて、いや確かにお互いノックする習慣とかなかったわけだけど。


 布団にこもってしててさ、幸い場面は見えてないわけだけど、もう大慌てで何もなかったふりをしてさ。亀みたいに布団被って、あの本はー、あー、そこですーみたいにね。


 顔真っ赤になってんだけど、まなかさんと平気なふりして話してね。


 で、そしたらさ、まなかさん自分の部屋に戻んないの。ベッドの脇に座って、この本はここが面白いよねとか、なんか色々喋り出すわけ。私はもう、それどころじゃなくて、心臓ばくばくでさ、もうどうしようみたいな。声聞かれてないよねとか、いま布団取ったらやばいとか、こう、色々考えてしまうわけ。


 で、それだけなら、まあ冷や汗もんだなで済む話なんだけど。


 ……何せ、まなかさんだからねえ。


 『してたでしょ』って聞いてくるの、にやって笑って、心底楽しそうにしてさ。


 必死になって否定してみるけれど、まあなんせ布団の中ははだけてるし、色々としどろもどろになっちゃってさ。


 それが余計楽しいみたいで、まなかさんけらけら笑って。


 『別に隠さなくていいのに』って『私もよくしてたしさー』って言ってね。


 なんでわかったんですかって聞いたら、『匂いでわかるよ』だよ? 無理じゃん、ていうか匂いでわかるなら、今までのもバレてたんじゃん。死にたかったなー、いやほんとに。あの時の羞恥心に比べれば、大概のことマシに想えるよ。うん。好きな人に、一人で慰めてるの看破されるとか、新手の拷問だからね?


 結局、その後はね、もうバレてるんだから、やけくそ気味になっちゃってさ。


 私、これからします。ってなんでか宣言してからするようになっちゃった。


 まなかさんもけらけら笑ってるだけでさ。うん、いってらっしゃーい、って。


 いってらっしゃーいじゃないんだよ。いやほんと。


 ……なんの話だっけ。好きを自覚したときの話か。情緒もへったくれもないね。

 

 ただまあ……そう、この時にはもう好きって自覚あったんだなあ。


 それが、どういう意味の『好き』かも半分くらいは自覚してた。


 ま、伝える勇気なんてなかったけどね。


 こっから先はさ、結局全部こんな感じだよ。


 まなかさんのことが好きで好きでたまらないけど。


 それでも伝えることなんてできないなって、そういう話だから。


 聞くの? 聞くんだ。はいはい、わかった続けますよ。

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