第45話 いつかの私といつかのあなたー③
尊敬できる人は誰ですか?
なんて答える? というかそもそも答えれる?
ちなみに私はね、この質問が死ぬほど苦手だった。
趣味は何ですか、と同じくらい苦手。
いないよ、尊敬できる人なんて。趣味も誰かに言えるようなものないしさ。
私の周りの大人がろくでもなかったのか、それともその大人たちに良さを見いだせない私がろくでもなかったのか。まあ多分、後者だね、わはは。
親は苦手。
先生も正直好きじゃなかった。
いや、好きな人も二・三人いた気がするんだけど、そこまでちゃんと関わっては来なかった。
他の大人も……よくわからなかった。
もう死んじゃった心理学の先生の本を読んでああ、凄いな、って想ったりはしたけれど。もう死んじゃった人だからね、こんな凄い人がいたんだ、へー、っていうただそれだけ。
まなかさんに感じたものは、最初は多分
私の主観的には、初めて私のことを助けてくれた誰か。
惑っていた私に、初めて真っ当なことを言ってくれた誰か。
バカみたいな話だけど、私はその時まで、本当に誰にも助けられたことなんてないって想ってたんだ。
今だったらわかるよ? そんなこと、ありはしないって。小さい頃から、学校行って、生活して、誰かと何かをする上で他人に助けられないなんてあるわけないじゃん。
でもその時の私は、本気でそう想ってた。
心の底から誰にも助けられたことなんて一度もないって。
本当に私が望んでいること、叶えて欲しいことがかなえられたことなんて一度もないって。
自分がしんどくで苦しくて、本当に心の底から助けて欲しい時に―――助けなんて一度だって来たことが無いって。
ほんとかどうかは置いといて、そう想ってた。
そう、想い込んでた。
それか、そう、信じ込んでいたんだね。
だから独りで生きていかなくちゃいけないんだって。
そんな想い込みの中で溺れてて、息がもう続かなくなったときに、ひょいって首根っこをひっつかまれた引っ張り出された。
そりゃあね、最初はやっぱ、もがいたよ?
まなかさんのことも、最初は信用してなかった。
何せあの人、強引だったから。今だとあんまりそんな感じないけど、あの時は結構、問答無用って感じでさ。
しんどくなってたら勝手にバイトは休ませるし、私がちゃんと食べてないって分かったら勝手にご飯作り出すし。
ぜーんぶ勝手。多少こっちがごねても、知らんぷりして勝手に世話を焼いてくる。
我ながら、散歩に行かないって駄々こねてる犬と飼い主みたいだった。あ、犬は私ね? それでまなかさんは私のことなんて知らんぷりでリードだけ持ってガンガン先に歩いちゃうの。
あ――――、散歩と言えばそうだ。夏休み、実家にも帰らずにダラダラしてたら、無理矢理、散歩に連れ出されたことがあったけ。
夕方のちょっと涼しくなった頃にね、二人で海辺を歩いてたの。
ずーっと、ずっとね。結局、明け方くらいになるまでずっと歩いてた。大分遠くまで来てたから、始発でうちまで戻ってさ。
夜通し歩いたから、足も痺れて、ふらふらなのになんでかお互い元気でさ。
何の話したっけ。……ああ、簡単な身の上話だ。
どんなとこで産まれて、どんな風に育って、どんなことを考えて、どんなことをしてきたか。
夜だからね、話す内容もなんか暗いの。……だからかな、他人に話すのを敬遠してたこと延々と話してた。
小学校の頃、そらっていう子がいて死ぬほど苦手だった話とか。
またそれが嫌な子でね、直接手は下さないけど、何かと周りを使って私を攻撃してたとか。どうやって、いじめられてたとか。下駄箱から靴がなくなってたり、病原菌呼ばわりされたりとかね。それで中学で引きこもってたりとか。
親が死ぬほど嫌いだった話とか。
お姉ちゃんがいて、それがまた優秀でね。滅茶苦茶に劣等感を抱えてた話とか。
でも飼い犬だけは好きだったとか。
それが高校卒業する直前で死んじゃった話とか。
我ながらね、やみふけーってその時は思ってたよ。
そりゃあ世の中、戦争で不幸になってる人とか、親がいない人とか、不治の病を患ってる人とかいろいろといるんだろうけれど、私くらい苦しんでる人って実はいないんじゃないかって想うくらい。
もし他人と比べて私の苦しさが大したことなくても、きっと私の苦しさは私にしか分かんないとかさ。
――――その時抱えてたこと、そのままいったよ。
特に加工もせずに、ぐっちゃぐっちゃの心の薄暗い部分を、投げつけた。
そしたらね、笑われた。
まあ、そりゃあそうだよね。
なんて言ってたかな、あの時のまなかさん。
『それは大変だねえ』
だっけ、うん、多分そう。
『三倉さんは、親ナシで不治の病だが、充分幸せなんじゃぞ?』
って。
え? って感じだよね。
私もそう。え、ってどういうことですかって。
そしたらさまなかさん喋ってくれた。
すっっっっっっごく適当に。
病気のこと。大量のアレルギーと血液感染の話。
親がいないこと。昔、施設に置き去りにされててそこで育ったこと。それが原因でいじめられてこともあったこと。
状況だけ見れば私よりよっぽど不幸だった。
私の悩み何て霞んで鼻で嗤われてもおかしくないくらい。
でも、あの人は笑わなかった。
別にそれで自分はそこまで不幸には感じてないからって。
それから、ただ私の話を聞いて、聞いて――――そっかって。
ただそれだけを言っていた。
別にいいでしょって。
感じ方なんて人それぞれだし。
苦しかったら、苦しかったでいいじゃんって。
私も、私の感じ方を人に決められるのは嫌だしさって。
そんなことを言っていた。
意味わかんないじゃん。
自分が滅茶苦茶みっともない気もしたんだ。
だって、そうでしょ自分より圧倒的に恵まれない人を前に、「自分は恵まれてない」って駄々こねてるわけじゃん。
ただ、だけどね。
多分、あの時、私は初めて『それでいい』って言われたんだよね。
不幸に感じることを『それでいい』って言われるのも、なんだかおかしな話だけどさ。
感じ方を、考え方を、それも普通は誰かに話せないような後ろ暗くて、辛い話を。
『それでいい』って言われたんだ。
初めてのことだったよ。
あの人と、過ごしてきたときはそんなことばっかだった。
そんなこと言われたことなかったって。
そんなことしてもらったことなかったって。
そんなこと解ってもらったこと――――なかったって。
学祭の実行委員に誘われたのが嬉しかった。
あんなに誰かに褒めてもらいたい、って頑張ったのも初めてだったかな。まあ、大分空回りし続けてたけどね。
学祭の委員はねー……恥ずかしい話が一杯だよ?
一杯、企画を考えるの。あんなイベントしよう、こんなイベントしようって。学校中貸切って水鉄砲大会しようとか、巨大迷路作ろうとか、我ながらバカ言ってたなあ。
で、出来上がったのを幹部会議に持ってくんだけれど、当たり前だけど滅茶苦茶怒られてね、泣いて、へこんで、逆切れして。当時の部長に慰められて、まなかさんから、会議終わった後にけらけら笑われて。
結局無難な企画になるんだ。なんだったっけ、ちょっと謎かけが入ったスタンプラリーみたいなやつ。ただ、それですら結構てんてこまいでさ、そりゃあそんな無茶な企画通るわけないよって、自分に呆れて。
でも、そんななんてことないイベントが、上手くいったときは嬉しくてさ。
打ち上げの時、わんわん泣いてたよね、部長とまなかさんも笑いながら思いっきり撫でてくれたっけ。
尊敬、してたよ。
周りからも、『柴咲は誰にでも噛みつく犬みたいだけど、三倉先輩の言うことだけはちゃんと聞く』って評判だった。
……………………うん、まあ、うん、自分で言うのはあれだけど。
尊敬――――してたよ。
間違いなく、好きだった。多分、その当時のひねくれた私に聞いてもちゃんと『好き』って返ってくるくらいには好きだったと思う。
文化祭が終わって、秋が過ぎて。
冬になってら実行委員は結構ひまだったからさ、部室棟に集まって、ゲームしたりおしゃべりしたり、委員仲間でスキー行ったりとかさ。その頃にはコンビニの仕事も大分覚えてきてたから、割と余裕をもってやれるようになってたっけ。
他にも結構、色々やってたよ?
部長たちの追いだしコンパやったり。みんなでちっちゃなお餅つきしたり。クリスマスに折角だからケーキ買って帰ったら、まなかさんがおっきなホールケーキ買ってきてたりとか。正月も家に帰らないって言ったら、まなかさんの帰省に付き合わされて、養護施設でなんでか子どもと遊んだりとか。
あ、神社のバイトもしたよ。二人で巫女服きてさ、お守りとかおみくじとか売ってたよ。ずーっと寒くてさ、足元にストーブあるんだけど、風邪ひきそうになっちゃったりして。期末試験で慌てふためいて、気が向いたら二人で海岸でぶらぶらしてさ。
たまに二人で晩酌してた。っていっても、私はそこまで強いわけじゃないから、まなかさんが飲んでるのを見てることが多かったわけだけど。酔っぱらないながら、色んな話をするの。先輩の話、バイト先の話、友達の話、私の話。
くだらないことばかり、覚えてる。バイトでやらかしちゃった話とか、まなかさんが授業で寝すぎて教授に怒られ話とか、トイレで知らない人とにらめっこしちゃった話とか。…………本当にどうでもいい話ばっかりしてた。
多分、一番、悩んでなかった時期、だったかな。
ほんとに、ね。
※
初めて抱いた想いだった。
もしそこから何も変わっていなかったら、今でも私たちは変わらない関係でいられただろうか。
ずっと、ずっとあの時のままで―――。
いや、でも結局もし変わらないままだったら、繋がりの糸は知らないうちに切れていたかもしれない。今、大学時代の知り合いの大半と会うことがもうないように。
そう、結局のところ分からない。分かったところで、もうその道はないんだから。
それにもし大学一回生の私に会うことができて、今の現状を伝えることができたところで。
あの頃の私は、止まるなんてしないだろうな。
第一、どうやったら、生まれてくる
想いは芽吹くして芽吹くのだ。
土壌があって、水があって、日があって。
落とされた種は結局、きっかけに過ぎないのだ。
それにしても、もう随分と前なのに。
もう、その頃の記憶は大半薄れかけているというのに。
まだ私の脳裏には、あの時のやり取りが色濃く残っている。
残り続けてる。
『なんで私にはキスしてくれないんですか?』
熱に浮かされた想いはいつの間にか、少しずつ質を変えていった。
ゆっくりと時間をかけて、未だに痛み続ける想いの種が、私の胸の内で芽吹いていっていた。
決して実を結ぶことのない花が、ゆっくりとつぼみ育んでいたんだ。
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