第38話 尋ねる私と笑うあなた

 いよいよ今週末から、みそのさんの部屋で過ごす時間が終わって、私の部屋に二人の住む場所を移すことになる。


 約束の期限の一か月も折り返し。


 そう考えると、私のこの想いにもいずれ答えが出るのだと、少し不思議な感じになる。


 不安なような気もする。一体、自分はこの先どれだけ傷つくんだろう。どれだけ涙を流して、どれだけこの先の人生に跡を遺すんだろう。


 ただ同時にどこか安心感もあって。


 だって、答えはきっと出るのだから。


 私の意思など関係なく、みそのさんの意思によって。


 どれだけ私が怯えても、どれだけ私が逃げ出しても、関係ない。


 答えは二週間後に否が応でも、私の前に提示される。


 それが少しだけ安心できる。


 だって、私の初恋にはちゃんと答えが出ることが決まっているから。


 その後のことなんて、正直、一ミリだって考えていないけれど。


 それでいいと今は想えた。


 


 ……さあ、今はそれより目の前のことだ。



 さっさと掃除を終わらせて、みそのさんを迎え入れる準備をしないと―――。





 「―――っていうのは、まあ納得できるんだけど」


 私はベッド下のほこりをせっせとクイックルワイパーで拭いていた。


 「正直、そこまで掃除しなきゃいけない? 充分、綺麗じゃない?」


 そしてその後ろでまなかさんは、コロコロを絨毯に掛けながらそうぼやいた。


 しかし、私は首をぶんぶんと振って抗弁する。


 「きっっっっっっったないです。ダメです! みそのさんがこれから泊まるんですよ?! もう私の痕跡がないくらいにピカピカにしないと!」


 今日は土曜日の朝。みそのさんが来る前に、私の部屋の掃除をしていて、それをまなかさんにお手伝い頂いてる。申し訳ないけれど人手が足りないので、致し方ない。


 「いや、ホテルでも、もうちょっと掃除甘いよ……? まあ、ここちゃんがしたいっていうならやるけどねー」


 とまあ、なんだかんだ言いつつ、困り顔で掃除は手伝ってくれる。私がちょっと目を離したら、ぱっと見手の届かない高さのほこりまで掃除しきっていた。やっぱりスペック高いなあとしみじみするばかり。



 とまあ、そんなこんなでおおよそ二時間ほど、普段は絶対やらない換気扇やコンロ、冷蔵庫の隅々に至るまで、ざっとほこりをとり終えた。年末の大掃除をしてなかったから、その代わりと考えればちょうどいいか。



 「というわけで、ほんっっっとうにありがとうございました!」


 ひとしきり、掃除を終えてまなかさんとちゃぶ台で一服つく。置いてあったお菓子とコーヒーをお出ししたら、まなかさんはころころと笑った。


 「いやぁ、連絡来て『どうしても助けてください!』ってきたときは、何事かと想ったけどねえ。これくらいでいいなら、全然。ここちゃんのお願いなら大体聞いちゃうよ」


 少し苦めに入れたコーヒーを満足げにすすりながら、まなかさんはひらひらと手を振った。私はそれにどうにかほっと息を吐いて、軽く部屋の中を見回してみる。


 掃除をする前に比べれば、大分綺麗になったはずだけど、どうだろう、大丈夫かな。


 「これで、みそのさん来ても大丈夫ですかね?」


 「いいと思うよー。まあ、元から大丈夫だとも思うけど」


 私の言葉に、まなかさんは軽く返事をする。お茶菓子はゆっくりと減っていく。


 「よかった。間に合いました……」


 ふうとようやく安堵の息を吐いた私に、まなかさんは軽く首を傾げた。


 「もうそろそろあの子来るの?」


 その言葉に、私はそっと首を横に振った。


 「まだです。うちに来るのは夕方過ぎてからって言ってあるんで」


 「……へえ? まだ大分時間あるけど」


 愛華さんの言う通り、時間はまだ昼も過ぎてない。


 そろそろお昼ごはんが恋しくなってくる頃だけど、それにも少しだけ時間がある。


 「……それはすいません。まなかさんに聞きたことがあったんで、時間に余裕を持たせてました」


 私がそう口にすると、まなかさんは驚くでもなく、柔らかな笑みをそっと私に向けた。待っていましたとでもいうように。


 ……なんかこの人は、本当に全部察している気がするなあ。なんだろう、私が無意識に出てる緊張のこわばりとかそういうのを見止められてるのかな。


 「ほう、なあに?」


 あなたは、深い笑みを讃えたまま、私の言葉をじっと待つ。


 私は少しだけ息を深く吸ってから、そっと心の奥に覚悟を決める。


 じっと前を見据える。




 「





 残りの一か月、みそのさんと一緒に過ごすうえで―――あの人の答えを聞く上で、そのことをどうしても知っておかなければいけないから。



 私の問いにまなかさんは、変わらず優しい笑みを浮かべていた。


 

 ただ、思い過ごしかもしれないけれど、私にはその笑みがどことなく寂しそうに見えてしまった。

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