四章 助けるようで助けられるよう
第35話 探す私と探されるあなた
なんやかんやとあって、年末年始の休暇も開けていつもの日常が帰ってきた。
久々の出勤に同僚とあいさつを交わしながら、自分のデスクについてぼんやりと今日のタスクを整理する。
仕方のないことだけれど、新年一発目の仕事と言うのはどうにも身体が慣れなくて、気分もうまく乗ってこない。まあ、車の慣らし運転だと想ってじっくりとやっていくしかないわけだが。
止まっていたエンジンに無理矢理アクセルを踏み込んだところで空回りするだけなのだから。今できる最善をゆっくりとじっくりと積み重ねていくしかないのだから。
少し遅れ気味にやってきた部長と挨拶を交わしながら、ふと、かし……ここねのことを想い出した。
そういえば、今日、どことなく浮かない表情をしていたっけ。
年末に見た限りじゃあ、あんまり部署内での立ち位置はよくなさそうだ。事実、今朝の彼女の顔は正直、一緒に過ごしていて見たことが無かったくらい暗いものだった。
……彼女のいる隣の部署と言えば、総務部だっけ。
部長の叱責が酷くて、結構部署の空気が悪いことに定評のある部署だ。それで新人は形式上、総務部所属になって一年間研修をすることになるわけだけど。
まあ、あんまりいい噂は聞かないよなあ。出来のいい子は気持ち悪いくらいべた褒めされるけど、ちょっと要領が悪いとぼろくそに言われるんじゃなかったか。
私の頃の研修はもっと穏やかな部長の頃だったから、全然大丈夫だったわけだけど。
「大丈夫かなあ……」
椅子をぎしりと軋ませながら、思わずそうぼやいた。
脳裏に映るのは、体調を崩すくらいに疲弊しきったここねの姿。
まーた、体調を崩すなんて事態にならないといいんだけど。
なんて考えていたら、隣の部屋から誰かの不機嫌な声が聞こえた気がした。
だーいじょうぶかなあ……。
心配する私をよそに、うちの後輩と部長は隣でスマホゲーのガチャの福袋について熱心に語りあっていた。
※
「そーいや、あの子は大丈夫だったか?」
昼食にコンビニで買ったおにぎりを頬張っていたら、同じくデスクで菓子パンをかじっていた部長が私に向かって、そう尋ねてきた。
「あの子って言うと……加島さんのことです?」
「そ、そ。柴咲さんが連れて帰った子な。看病イベントやった?」
「そんな人の交流をゲームのイベントみたいに……」
「そだな。で、やった?」
「やりました」
「絶対、好感度稼いだよなー」
「いや、だからゲームじゃないんで……」
まあ、実際あれは好感度稼いでそうではある。我ながら、何やってんのポイントが高かったな、確かにあれは。
「ま、それはそれとして、大丈夫だった? 今年は新人の子に厳しそうじゃん」
そう言いながら、メロンパンを頬張り終えた部長はチョココロネを出しながらもきゅもきゅと頬張っていた。結構細身だが、あんだけ食うと太りそうなもんだけれど。
「んー、手放しでいいとは言えなさそうです。今日もあんま浮かない顔してましたし」
「学校で授業休んだ後と同じだよなー。一回休むと行きづらい」
「そーいう問題ですかね……」
そんな風にぼやきながら、私は自分の分のおにぎりをもりもりと口に運ぶ。
ただ、そこでふと、軽く周りに眼をやってから、万が一でも隣に会話が漏れないように、声を少し細めた。
「実際、どうなんですか? 今の総務の部長って。あんまりいい噂、聞きませんけど」
部長は少し目を細めながら、でも何気ない風に声を落としながら会話を続ける。
「仕事はしっかりしてる」
「はあ」
「合理的だし。言ってることも正しい。協調性も高くて、専務からも信用されてる。期限はマジできっちり守る」
「うちと大違いですね」
「やかまし……ただ」
「ただ?」
「言葉はきつい」
「…………」
「言ってることは正しいから、誰も文句は挟めない。正論だから反論もできない。文句を言ってくる相手がいないから、感情のままに言葉を使ってしまう。そして、それを誰も止められない」
「…………部下としては最悪では?」
「違いない。ま、気に入ってる部下は感情のままに褒めるから。一長一短だな」
「…………」
「心配?」
「…………まあ、そりゃあ。どう考えても、あの子、気に入られてない側でしょ」
「だろうなぁ……」
「……どーしたらいいんですかね」
「っていうと?」
「このままだとしんどいじゃないですか、あの子。どうしたら、ちょっとくらいマシな状況になるのかなって」
「……んー、何パターンかあるけどな」
「転職とか?」
「まあ、それもあり。人事異動でも、休職でもいいしな。一見、コスパ悪そうだけど心が壊れるよりはよっぽどいい」
「ふーむ」
「研修期間は残り三か月だから、それを待つのもまあ妥当だ。……ただ、総務は今年人員不足だからな、流れで総務配置ってのもなくはない」
「……ええ」
「だから、まあ一番なのは自分で付き合い方を変えちまうってことだけど」
「……気に入られるようになるってことですか?」
「あの子、そんなことが出来るくらい器用だったか?」
「いや、多分、大分不器用です」
「だよな。だから、まあ。自分の中でその人間に対する捉え方を変えちまうんだよ」
「…………捉え方?」
「そ、人間な。『嫌いな相手』『憎い相手』っていうのと関わるとき、滅茶苦茶精神力使うんだ。休みの日とかも想いだしちまったり、それだけでしんどくなったりさ。覚えないか?」
「まあ、なくは」
「だから、その相手を『嫌いな相手』から降ろしちまう。そいつの良いところとか、怒ることの裏の理由とか考えてな。『こいつも苦労してんだな』って考えて。『嫌いな相手』から『まあ、どうでもいい相手』くらいに変えちまう」
「…………」
「『まあ、どうでもいい相手』から何言われたって、気にならんだろ? 少なくとも『嫌いな相手』に言われるよりは大分マシだ」
「……まあ、なんとなく言わんとしてることはわかりました。ただ、毎日会ってる相手で、毎日怒られてたら、それできます?」
「しょーじき、しんどい」
「……ですよねえ」
「だから、まあ。そん時は助けてやればいいんじゃねえか。本当に心がだめになりそうだったら、縛り付けてでも家に居させときゃいいわけだしな」
「……なるほど?」
「どこでだって仕事はできるし、生きようと想えば生きれるさ。生活保護やニートだって死ぬよりは、きっといい」
「そーいうもんっすか」
「そーいうもんだよ」
長々と話をしていたら、気付けば食事は終わっていて、私はぐっと背伸びをした。
「どっか行くのか?」
「あの子、探してきます。どっかいるかな」
「ん、行ってら」
ひらひらと手を振られながら、部屋を出ようとしてふと思い立って振り返った。
そういえば、この上司が、まなかさんに風邪の看病にくるように情報を流したんだった。
なんか、変に情報が流れてないといいんだけど。
「ところで、まなかさんからどこまで聞きました?」
私の問いに、上司は親指をぐっと立ててにやっと笑った。
「柴咲さんが、ツンデレ発揮してるってところまで」
「ガチャ爆死しろ、クソ上司」
ため息をつきながらひらひらと手を振ったら、背後から気配で同僚たちが手を振っているのがわかった。
はあ、相変わらず変な部署だこと。
ただ、まあ、今はそれより何より。
ここねを探しに行こうかな。
食堂にいるといいんだけど。
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