第31話 ××する私と××したあなた
きっと誰のせいでもなかったんだ。
なんとなくそう想った。
まなかさんも、みそのさんも、報われなかったのは、今の形になってしまったのは。
きっと誰のせいでもなかったんだと、そうなんとなく想った。
みそのさんはずっと、何かの負い目を感じているようだったけど。
だからと言って、みそのさんが悪いとは私はなんとなく想わなかった。
もちろん、この人たちのことを私はあまりにも知らないけれど。
でも、それでもそう想った。
あと、それから。
この人がいつか、ちゃんと自分を許せるようになればいいと。
そう想った。
誰のためでもなく、この人自身がいつかちゃんと幸せになればいいと。
そう想った。
※
手をそっと伸ばして、お湯から上げる。
ちゃぽんという水音の後、ゆっくりと私の腕がお湯をかき分けて眼の前に現れる。
それをじぃっと眺めてみた。
そこにあるのは私の腕、私の右腕、細くて、非力で、今までまともに何かを掴めたこともない小さな腕。
この腕の写真を、ちょっと洒落た写真家に撮らせたら、『無力』なんて題名を付けられそうなくらい弱い腕。
そんな腕をそっと隣に向けてみた。
私が何をしようとしているのかわからないあなたは、少し困惑したように眉を歪めている。だけど、私は気にせずにそのままその手を、あなたの頬までゆっくりと伸ばした。
そのままそっと指でなぞる。
暖かい。
柔らかい。
お湯で少し濡れていて。
白くて。
気持ちいい。
何度かそうして撫でてから、そっと指を頬から離した。
あなたは怪訝そうな表情のまま、私はそれに思わずくすっと笑ってしまう。
「えっちなのはダメなことですか?」
腕をちゃぽんとお湯の中に戻した。
胸がじんわりと暖かくなるのを感じながら、ふうっと長く息を吐く。
「触れあいたいと想うのはおかしなことですか?」
顔が熱いと感じるのは、お湯のせいか、それとも恥ずかしさのせいか。
「もちろん、相手が嫌がっているのに触れてしまうのはいけないことですけど」
目線をそっとあなたに向けて戻す。少し驚いたような表情に思わずおかしくて笑ってしまう。
「私、みそのさんに触られるの嫌じゃないですよ?」
みそのさんは時々、自分を汚く見せるようなことがあった。
実際に汚いわけじゃなくて、なんというか精神的に自分自身は汚れているんだよと、そう言ってしまうようなところがあった。
一緒に過ごしたのは、たった数日ではあるけれど。
なんとなくそれは感じてしまう。
相手を想う綺麗な想いに、あなたは『みっともない未練』という名前を付けていた。
誰にでもありうる、誰かと触れ合いたいと言う欲求に、あなたは『汚い性欲』という名前を付けていた。
そうして、こうやって弱くて無力な私の隣にいてくれる素敵なあなたに、他の誰でもないあなた自身が『最低』だと、そう名前を付けていた。
なんだろう、もったいないね。
幸せになれるピースは揃っているのに、最後の一つをあなた自身が自分の胸の内に隠してしまっているみたい。
もったいない、もったいないなあ。
あなたは簡単に幸せになれるのに。
弱い私なんかと違って、あとちょっとで幸せになれるのに。
もったいないなあ。
きっと自分を許すだけで、あなたはこれから。
どこまでだって、幸せな人生を歩いていけるのに。
もったいないなあ。
そう想った。
だから口にした。
たった二文字の想いに背中を押されるままに。
「みそのさんは、もったいないです」
そう、どうせこれが最後の××なのだから。
精一杯、××しましょう。
きっと後悔などないように。
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