第32話 みそのとここね
相変わらず変な子だとそう想った。
自分が性的にみられていると言うのに、嫌がりもしない。
そのうえ、私の醜い部分まで含めて、それが嫌いじゃないと言う。
ほんと変な子だな、まあ出会った時にも思ってはいたけどさ。
でも、まあ、その愚かしさを。
その過ちを。
その誤解を。
そして、強く、どうしようもないほどに突き進んでしまうその想いを。
人は恋と呼ぶんだろう。
たとえ、どれだけ怖くても踏み出してしまう、乗り越えてしまうような、そんな心を。
そういえば、いつかの私も持っていたんだっけ。
―――それとも、これは。違うのかな。
※
それから、加島ちゃんが話したのは他愛のないこと。
他愛のない……ということにしておきたいこと。
なにせ大概が私の話だったから。
「出会った時のみそのさん、今想うと大分しっかりした印象でしたね」
「それ、今はしっかりしてないって意味?」
「いーえ? 今はすごく可愛げがあるって意味です」
そう言って、君はふふんと微笑む。
「ふと想い返すと、まなかさんとの電話の時とか、その後のやり取りもだーいぶ印象が変わってきますね。だって、みそのさん、意外と押しに弱いところありますもんね?」
「そう……かな」
「はい、特に『困ってる』『助けて』みたいな押しには滅茶苦茶弱いです。部長さんのデリカシーが足りてなかった言葉はしっかり止めるのに、私のお願いはどんどん通っちゃってますもん。あ、あとまなかさんのお願いには無条件でよわーい」
「……まあ、それは……うん」
そう言って、君は懐かしそうに笑みを浮かべる。
たった、一週間ほど前のことなのに。
「風邪の時の私を連れ出してくれた時は、なんだかヒーローみたいでした」
「生活の準備を段取りよくしてくれた時は、頼れる先輩! って感じで。あ、最初の飲み会の時も、そんな感じでしたよ」
「看病してくれた時は、優しいお姉さんみたいでした。私、お姉ちゃんとかいないけど、いたらこんな感じかなって」
「ちょっとずぼらな独り暮らしの癖を見たときは―――なんだろ、お世話してあげないとなーって感じもしました。これは……なんでしょうね? いい例えが思い浮かばないけど」
「まなかさんが来た時は、大慌てで振り回されてて、なんだかちょっと失礼ですけど、子どもみたいだなって。ふふ、そう想っちゃいました」
「私のやりたいことをさせてくれた時は―――なんでしょう。これも例えが思い浮かびませんね。なんていうか―――そう、すごいみそのさんらしいなって想いました」
「こうやってずっと、恋のことを教えてくれたあなたは、切なくて、苦しくて、でも愛おしくて、とても綺麗で――――」
「私の憧れの人でした」
「ね、みそのさん、ありがとうございました」
「私なんかに時間をくれて、たくさんのことを一緒にしてくれて」
「みそのさんのお陰でこんな想いを知れました、こんな心を知れました」
「私の人生で初めてこんな体験ができたんです。きっとこんな想い、もう人生で二度とないってくらい」
「これが最初で最後の想いでいいって、そう想えるくらい」
「本当にありがとうございました」
「せめてものお礼じゃないですけど、残り三週間でみそのさんがちょっとでも自分のことを好きになれたらなって。私、勝手ですけど、そう想ってて」
「だから、へへ。こんな私ですけど、残り三週間よろしくお願いしますね?」
「ふふふ、でも、本当に恋ってすごいですね。私が私じゃないみたい、何だってできる気がするんです。みそのさんのためなら、私、臆病で本当は何にもできないんですけど。みそのさんのためなら、なんだって」
「あと……えと、言いたくなったので、改めて宣言しますね?」
「みそのさん、好きです」
「えへへ、本当に本当に。心からこんなことを誰かに言えたのはきっと生まれて初めてです」
「あれ、みそのさん……どうしました?」
※
恋。
恋かあ。
すごいねえ。
昔の私もこんなんだっけ。
……いや、きっと多分違うな。
昔の私はもっと、独りが善がりだった。自分の気持ちを解って欲しくて、そればっかり伝わらないことに悶えて、悩んで、苦しんで。
恋は、私にとってはどこまでも暴走した悩ましいだけの記憶だった。その癖、気持ちばかりが離れられなくて嫌になる。
私にとっては、そんな弱さの象徴だった。
だから、きっと彼女の恋と、私の恋は何かが違う。
というか、違うのはきっと彼女と私の人間性そのものだ。
きっと、抱えている想いさえ違うのだろう。
……でも、だとしたら、彼女が抱えている想いは一体何なんだろう。
その胸に抱いている想いの、名前は?
誰かのことを、それほどまでに透き通って好きと言える想いの名前は―――。
「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」
「年齢バレますよ、まなかさん」
「みそのにバレてこまる年齢などなーい。あ、でもここちゃんには通じないのか」
「まあ、五年近く離れてますからねー、無理でしょ。へたし小学校一回り分違いますよ」
「そかー、ジェネレーションギャップ。今風に言うとジェップね」
「いや、現代っ子そんなこと言わないし、そもそも語感悪すぎでしょ」
相変わらず、特急の車内は流れる景色とは不釣り合いに静かで。そんな温泉街の帰り道の時間を、私達はゆっくり過ごしていた。もう時間は、夕方近く。
私とまなかさんが隣席、通路をまたいだ向こう側の彼女は疲れたのか、静かに寝息を立てていた。
かくいう私も、温泉に浸かって身体もあったまっているから、どことなく眠気が身体を覆っている。
軽くついた溜息はいつのまにか欠伸に変換されて、目尻に涙を浮かべてくる。
「それにしても、そっか。そんなこと言ってもらえたんだ」
「恥ずかしすぎて死ぬかと想いました」
「私の見立ても間違ってなかったね」
「……どんな見立てしてたんですか」
少し藪にらみ気味に、まなかさんの方に目を向ける。
ただそこにあったまなかさんの顔は、私と同じくどことなく眠そうではあったけれど、いたずらめいたものも同時に浮かんでいた。
「みそのの心の扉をさ、ちゃんと開いてくれそうだなって、そんな見立て」
私がそう問うのをまるで待っていたかのように返事が帰ってくる。
なんだかバツが悪くなって私は目を背けた。
まるで自分だけが成長できていない子どもみたいで、それを周りの大人にあやされているような感じがして、少し拗ねてしまいそうになる。
「拗ねるな、拗ねるな」
「こーいう時に、めざとく見透かさないでください」
「あはは、でもさもったいないじゃん。みそのが優しいのも想いが深いのも
「どーしてそうなるんですか」
「心が弱いってことは、それだけ人の弱みや辛さを知れるってことじゃん? そこにみそのがちゃんと寄り添えるのは知ってるし」
「…………」
「ずっと想ってるのだって、それだけ愛情が深いってことでしょ? やろうと想っても、中々そこまで出来る人いないよ」
「…………買い被り過ぎです」
自分の口から零れた言葉はどうしようもなく、淀んでいて。
拗ねた子どもが、吐いた負け惜しみみたいなそんなバツの悪さがあった。
「そうかもね。でもまあ、そうやってみそののことを買いかぶってるのが、少なくとも二人はいるってことくらいは覚えときなさい?」
そうしてまなかさんが紡いだ言葉を、私はうまく受け止めきれないまま、無言で電車に揺られていた。
年が明けて、まだ三日しか経ってないと言うのに。
自分の足場がぐらぐらと揺れているような不安定感が、私の頭を揺さぶっていた。
緩く薄い不快感と、そして何より原因のよくわからない恥ずかしさが、私の胸の中でぐるぐると渦巻いている。
逃れるようにまなかさんから外した視線の先には、まだ寝息を立てる彼女の姿があって。
少しその顔を見ていたら、温泉でのやり取りが想いだされて、自分の口元を抑えていた指からじんわりと熱が伝わってきた。
……今、顔が熱くなってきたのは、きっと温泉に浸かったからだ。
……まあ、そんなわけ、ないんだけど。
背後でまなかさんが、どことなくほくそ笑んでいるのだけが感じられた。
※
「ほら、部屋ついたよ。自分の足で立って」
「起きな、もう。そんな無防備だと性欲を持て余した奴に、襲われても知らんぞー」
「…………はあ」
「
「起きなってば」
「ほら、もう」
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