第9話 おまけ わたしとあなたの初夜(概念)

「やっぱ、あれかなって想うんだよね」


「……はい?」



 ※



 みそのさんの家にやってきて初めての日曜日は、色々と必要なものをネットで買いそろえて、一緒にご飯を作ってなんやかんやしているうちに終わってしまった。……なんだか、あっという間だった気がする。


 幸せ、何だと想う。


 胸の奥がずっと熱くて、自分でもよくわからないくらい行動に躊躇いが無くて。


 不用意に近づいてしまう。


 何気ないフリをして触れてしまう。


 なんとなく呼び止めるために肩を触ったり、服を摘まんでみたり。


 当然、みそのさんはそんなこと微塵だって気にもしないから、私だけが独りでこっそりと胸を高鳴らせてる。


 初めて一緒に創った昼食はペペロンチーノ、初めて一緒に創った夕食はオムライス。


 二人とも、そこまでは凝ってないけど、程々に料理はできたから、ちょっとずつ相談しながら。ご飯を作って、思いのほか上手くできて、こんなにご飯って美味しかったっけてちょっとほくそ笑んだりして。初めての共同作業だなんて、ちょっとにやついたりして。


 一緒に食べるから美味しいのかな。でもそれは、誰とでもってわけじゃなくて、きっとみそのさんとだから。


 まだ不安は私の身体を堰き止めるけど、それよりもっと強い力で私の背中はずっと何かに押されてく。


 誰かが好きだと言える自分が、誰かに恋をしてる自分が、二日前の自分とは全く別人みたいで。


 ちょっと怖いけど、何より楽しい。


 こんな私なら、悪くない。


 そんな風に思えてしまうくらい、舞い上がりながら私は一日を過ごしていた。


 



 ……過ごしていたんだけれど。





 ※




「やっぱ、あれかなって想うんだよね」


「……はい?」


 お風呂を頂いて、そろそろ寝ようかなって頃に既に水色の寝間着に着替えたみそのさんは、神妙な顔をして私を視てきた。


 なんならちょっと正座して、なんだか随分と畏まった感じで。


 既に寝間着に着替えた私も、なんだかつられて正座してしまう。


 お互い、床に敷いた布団の上で、思わず背筋も伸びて、ぴんとなってしまう。


 なんだか、あれだなあ、こう、ちょっとだけ新婚初夜みたいだなあ、なんて考えてしまう。


 ……我ながら、ちょっと色ボケが入っているのが否めない。


 そんな思考を首を左右に振って、振り払った。


 だって、みそのさんが、凄く神妙な何か悩んでいるような表情をしているんだ。


 きっと、大事なことなんだ。ちゃんと聞かないと、


 私は薄めの胸を張って、まっすぐとみそのさんを見つめた。


 「なんでしょう、何でも言ってください!」


 思い返せば今日は、きっと、みそのさんが私に一杯歩み寄ってくれた日だ。


 だから、私も恩返しじゃないけど、ちゃんと歩み寄らないと。


 上手くできるかはわからないけど、精一杯に胸を張って。


 二日前の私なら出来ないかもしれないけど、今の私にならきっと出来る気がするから。


 だから、きっと、みそのさんが抱えていることを受容れることだってできるはずだ。


 なんだろう、『まなかさん』のことかな、それとも明日の仕事のこと。私達の関係を噂されないように、とか。あるいは周囲にどう説明するかとか。


 そんな風に、ぐるぐると思考を回しながらみそのさんが口を開くのを私はじっと待っていた。


 みそのさんは、しばらく肩を回したり息を吐いたり、迷ったような様子を続けていたけど。あるところで、意を決したようにじっと私を視てきた。


 合わせて私も思わず肩に力が入る。




 「やっぱ、私がいいだしっぺだから。私からするべきだと想うんだよね!!」



 「はい!! なんでしょう!」



 「



 みそのさんは顔を真っ赤にしながら、そう力強く宣言した。



 「………………」



 「……………………」




 「えと、何をですか?」




 「…………ナニを」





 「えと…………」




 「あの……その……えと、自慰……てきなやつを」




 「あ…………」




 「うん…………」




 「わ、わたし、で……でて……いきます……ね」




 「あ……えと、私がトイレで……するから。先……ねてて」



 「あ……はい」



 「じゃ、ごめんだけど。うん、しばらくしたら、帰ってくるから……」



 「……はい」


















 ※




 どうしよう。



 いや、どうしようもないんだけど。どうしよう。



 いや、だって、あのその、えと、ううん?



 どうしたらいいんですか?



 あ、特にもしなくていい。はい。



 えーと……あ、さきに寝てていいん……でしたっけ。



 あ、はい、いってらっしゃい。……おやすみ……なさい。



 ……。



 ……………………。



 …………………………………………。



 「………………っ」



 「…………………………っぁ」




















 ……寝れない。……眼が冴えて……寝付けない。


 …………というか、みそのさん……声……大きい。


 ……トイレからなのに……聞こえてますぅ……。


 …………うぅ……心臓もつかなぁ……。











 ※



 結局、その後、三十分ぐらいでみそのさんはどことなく、顔が赤らみながらもすっきりした顔で帰ってきた。




 私はその夜、昨日以上に寝付けなくなった。





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