第6話 まだ何も知らない私と何かを知っているあなた—①
みそのさんが、一か月お試しでやってみようって。
そう言ってくれただけで、胸がバカみたいに高鳴った。
別に私の気持ちそのものを受容れてくれたわけじゃない。
それはそうだよ、だって私達は昨日であったばかりのお互い何も知らない、そんな関係なんだから。
一目惚れよりちょっとだけましな程度の、そんな関係でしかない。
だから、気持ちが受け容れられないのなんて当然で、それなのに、みそのさんは一か月試してくれるって言ってくれた。
嘘みたいでしょ、私だって信じられない。
思わず抱き着いてしまったのも、正直やむなしって感じなのですよ。
ただ、やってから、思わず恥ずかしくなっちゃったけど。
私より少しだけ背の高い身体に、ぎゅっと抱き着いた。
細身の身体は手を回したら簡単に抱きしめることができて、自分じゃない誰かが今、確かに私の腕の中にいるのだと、なんだか不思議な実感が湧いてくる。
耳を澄ませば息遣いや心臓の音まで聞こえてきそうで。
ちょっとだけ恥ずかしくなって、私は慌ててみそのさんからがばっと離れた。
あはは、みそのさんから見たら、急に抱き着いてきて、そのまま慌てて離れる変な奴に見えたかな。
ちょっと焦ってみそのさんの顔を窺ったけれど、みそのさんは何かを考えるように顎に指をあてていてこっちは伺っていない。
「あの、どーしたんですか?」
私がそう尋ねても、しばし唸っているばかり。何かを考えこんでいるみたいだ。私も何故だか、むむむと同じように考え込んでしまう。
一体、何に悩んでるんだろう……。
そうして二・三分の末、みそのさんはパチンと指を綺麗に鳴らした。弾くみたいな快音が部屋に響く、私の指はあんなに綺麗にに鳴らないなあ。
「とりあえず、一緒に住むかあ」
それから、そんなことを言ってのけた。
ふむ?
「うし、じゃあ先にどっちの家にするかじゃんけんしよ。最初は、ぐー」
手を出した。
「じゃんけん、ほい。あ、私の勝ち。それじゃ、先に私の家からだね」
はーい、と手を上げて、先生の言葉に返事をする生徒みたいにやってみる。
うーん、………………うん?
「みそのさん……一緒に住むとは?」
「え? そのまま、
しばし空気が静止する。
ふんむ、どうせい。同性。同姓。……どう……せい。…………同棲?
「同棲ですかぁ!!??」
喉が裏返りそうになりながら、思わず叫んだ。急に大声を出したものだから、みそのさんは耳を指で押さえて、だけど確かに頷いた。
「うん、あ、やっぱりいや?」
それから、そう尋ねてくる。
「いや、あの……いやとかではなく、あまりにも急だったので……」
同棲なんて、想いが叶って、これからを誓い合ったそんな二人がするものだと想ってた。そんな私みたいな、まだ恋や想いのなんたるかもわかっていないような新米がやってもいいものなのだろうか。
動揺して、口が上手く回らなくて、あばあばしている私に、みそのさんはふうと軽く息を吐くと指を一本スッと立てた。
「まあ、落ち着いて考えてよ、加島さん」
「は、はい……」
「私、さっき一か月っていったじゃん? ……ま、本当は一か月じゃ、足りないけど。それ以上、結論出すのを先送りしても仕方ないでしょ?」
「ま、まあ……そうです……か?」
私はなにぶん、そういうことの経験がないので首を傾げることしかできない。ただ、みそのさんはある種の確信をもって軽く頷いた。
「そ、気持ちが芽生えないなら引きずらないうちに次に行った方がいいからね。……で、じゃあ一か月で相手のことを知ろうってなるけど、仮に土日に会ったとして、まあ精々四回しか会う機会ないわけじゃん」
「は、はい」
みそのさんの指がすっと四本に伸びて、私の前に提示される。そう言われると、確かにすごく短いような。でも、四回も会えると考えると少し胸が躍ってしまうような。
「たった四回だけなんてね。夢を見るのも、夢を見せるのも簡単なの、要するに、それだけじゃあ、相手のことなんて全然わかんないんだ」
「なる……ほど?」
みそのさんの細い指が、四本示されたまま、ゆらゆらと揺れている。
「だから、手っ取り早く。一緒にいる時間でも増やそうよ。最初は、私の家で二週間、後半は君の家で二週間。そろそろ正月休みだし、準備が出来たらささっと初めよっか。一緒に住めば、いいところも悪いところも一杯見えるからさ、それでも気持ちが続くなら、まあそれは本物じゃない?」
「……」
そうして、すらすらと言葉を並べられた。
正直、私は面を食らったまんま。
だって、自分の気持ちが受け容れられるだけで、夢みたいだったのに。
住む? 一緒に? 準備が出来たら、さっさと?
「よし、そうと決まれば善は急げ。うちの準備してくるよ、いうて二週間だから、色々と持ってきたいものあったら持ってきて。段ボールで宅配送ってくれてもいいし。あ、住所と電話番号だけ書いとくね」
そう言って、みそのさんは私の机に、何かメモ帳の切れ端に描きこんですっと立ち上がった。
パジャマを手早く着替えて、自分の仕事用のスーツに戻ると、朗らかに私に笑顔を向ける。
「下着とかはまた返すよ、っていうかうちに来た時に新品受け取ってって。じゃ、準備できたらいつでもいいし、連絡頂戴、待ってるから」
「あ……えと……あの」
「あと、昨日から色々とありがと、とりあえず帰るよ。ばいばーい」
それからそう言うと、とてもお気楽な感じでまるで口笛でも吹くみたいにして、私の部屋から颯爽と出ていった。
後に取り残されたのは、ただ茫然とした私と、小さなメモ書きだけが一つ。
一緒に、住む?
そんなこと、できるの? 私が?
※
「これで面食らって、想いが覚めてくれたら楽なんだけどねえ……」
※
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